国をまたぐ信託の話
今回は信託に対する日本と米国の税金の考え方の違いについて説明したい。米国で設定した信託に対して日本で税金がかかる事態になることもあるため、あらかじめ注意が必要だ。
信託とは
おさらいを兼ねて信託の仕組みをここで説明すると、ここで念頭に置いている信託とは個人(委託者)が保有する財産を信頼する他の者(受託者)に託し、受託者は託された財産(信託財産)の管理・運用・処分を行い、そこから生まれた利益などを委託者が指定する者(受益者)に渡す仕組みである。
信託を設定することで信託財産の所有権は委託者から受託者に移転し、受益者は、受託者に対し信託行為にのっとった信託財産の管理・運用・処分を請求することになる。
財産の所有権は受託者が有し、受益者は信託財産からあがる収益(例えば有価証券の配当・譲渡益や貸付不動産の不動産所得)や信託終了時に信託財産の引き渡しを受けることになる。
国をまたいで信託関係者が存在する以下のケースのようなご質問をかなりお受けしている。
ある家族の例
相談はアメリカ国籍の父と日本国籍の母(故人)を持つ依頼者からである。依頼者は長らく両親と一緒に日本で暮らしていたが、10年前に母が病気で他界した後、父は米国に戻り依頼者は日本で結婚しそのまま暮らしている。
父は帰国後、保有する米国の居宅と有価証券を信託財産とする信託を米国で設立した。この信託は父が受託者を兼ねる信託であり、有価証券からあがる収益は毎年、単独受益者たる依頼者の銀行口座(日本)に振り込まれている。
父が生きている間は父の単独意思でいつでも変更や撤回が可能な信託(Revocable Trust)である。なお、依頼者は父親が死亡した際の後継受託者(Successor Trustee)に指名されている。後継受託者たる彼の仕事は、相続が起きたら信託財産を受益者たる自分に割り当てる各種手続きを行うことにある。彼は米国証券会社から自分の銀行口座に振り込まれる配当を日本で確定申告していた。
この依頼者のもとに、ある日、日本の税務署から問い合わせの封書が来た。いわく、貴殿の所得の振込元は米国のTRUSTと書いてあるが、一度、内容について確認させてもらいたい、という趣旨であった。依頼者から、本件に関して発生した所得は全て日本で申告しているのに、何か他に申告すべきものがあるのか、と尋ねられた。
我々の見解
本件にはいくつかの検討すべき点がある。本件の米国信託の性格、その信託に対する米国の税制の扱い、日本の信託税制の仕組み、本件米国信託に対する日本の税制の扱いである。順次見ていくことにしたい。
本件米国信託の性格
すでに説明しているが(第5回)、本件のような委託者が受託者となり、委託者が生きている間はいつでも内容を変更・撤回できる信託をRevocable Trust(撤回可能信託)と呼んでいる。米国ではWILL(遺言)で相続が行われると、裁判手続(プロベート)を経なければならず、故人の遺産が公開され相続人への遺産分配にも多大な時間がかかるため、プロベートを避けて遺言と同様の効果(Will substitute)が得られるRevocable Trustが近時は富裕層を中心に利用されている。
委託者がいつでも信託目的を変更、撤回できる点がRevocable Trustの最大の特徴で、実質的には遺言と同様の効果が得られることになる。この点が、いったんTRUSTが設立されたならば、その後の委託者による信託目的の変更・撤回が一切認められないIrrevocable Trust(撤回不能信託)との大きな違いである。
日本の教科書では信託の法的特質として「財産の所有権が委託者から受託者に移り、それは信託財産として受託者固有の財産から信託財産として分別管理されるので、委託者に対する債権者は信託財産を差し押さえできない」という説明がなされるところである(※1)。
しかしながら、Revocable Trustの場合は委託者が信託を撤回して信託財産を自分のもとにいつでも戻せる権利を有しているので、実質的には委託者に所有権があるのと同じであり、故に信託財産は委託者の債権者による差し押さえ対象という扱いとなっている(※2)。
つまり、米国法では信託の種類によっては、たとえ信託の法的形式に則って委託者が受託者に財産の所有権を移転していても、委託者と受託者が同一人物で依然として信託内容の変更・撤回可能な権利を有しているときは実質的な財産の所有権は依然として委託者のもとにあると判断しているのである。
この結果、米国と日本の信託法および信託税制とに大きなひずみが生ずることとなる(次回に続く)。
本稿のまとめ
☑米国のRevocable Trustは信託の形式を取りつつも、実質的には委託者が依然として財産の実質的な所有権を保有したままであることから遺言代用手段として使われる。
☑米国のRevocable Trustの場合、委託者の債権者は信託財産を差し押さえの対象とできる。
(※1)我が国でも「委託者が信託財産からの受益の内容等をコントロールしうるような指図権、または、信託財産を受託者からいつでも取り戻しうるような撤回権を留保し、(中略)実質的にみて、信託財産は依然として委託者の支配領域内に留まっていると解すべきであるから、こうした信託に倒産隔離機能は認めるべきではないだろう」(『信託法(第4版)』新井誠、345ページ)のような学説がある。
(※2)米国統一信託法(Uniform Trust Code)第505条(a)(3)、米国第3次リステートメント。米国では法律上の手当てがなされている。
永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学卒業後、ウォートン・スクールMBA。
監査法人トーマツ、バンカーズ・トラスト銀行等を経て、現在は永峰・三島コンサルティング代表パートナー。
※『Nile’s NILE』2021年8月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています