出国税について
前回は諸外国の相続税事情を説明した。客観的数字から見ると我が国の相続税が大変に高いことが一目瞭然であった。それが一つの引き金となって実際に日本から離脱するのにはかなりの覚悟が必要だが、それでも本当に離脱する人もいる。今回はそういう場合の税金の話をしよう。
シンガポール
シンガポールでは個人の株式譲渡益は非課税である。このことを利用して日本人がシンガポールに移住し、その間に保有している日本株式を売却した場合、シンガポールでも日本でも税金がかからない。
ただし、その親族などを含めた保有株式が総発行株数の25%以上、かつ年間売却株数が総発行株数の5%以上である場合は、日本で課税される(※1)。
(※1)日本シンガポール租税条約13条。
そういう事情から、日本でそれなりの時価の上場株式を保有することになったため、家族ごとシンガポールに移住したうえで株式を売却してしばらくしてから日本に戻ってくる、あるいはそのまま住み続けるというライフスタイルを選んだビジネスパーソンがいる。その点は半年ごとにビザ更新に戻ってくるハワイ在住スタイルとはだいぶ意味合いが異なっている。
出国税
このように多額の含み益を有する株式を保有したまま出国してキャピタルゲイン非課税国(シンガポールや香港)で売却するスキームなどを封じるため2015年に導入された制度が国外転出時課税制度、俗にいう出国税である。
ただし、この税制は①本人が出国する場合に課税、②相続や贈与で海外に居住している者が株式を譲渡された場合も被相続人や贈与者に課税、という二つの内容を有している。
制度の概要は国外転出(国内に住所および居所を有しない状況になること)する居住者(国外転出をする日前10年以内において国内に5年を超えて住所または居所を有している者)で、その転出時に1億円以上の有価証券などを保有している場合は譲渡があったものとみなし、有価証券などの含み益に対して所得税を課すというものだ(※2)。
(※2)所得税法60条の2。
なお住民税は出国翌年の1月1日に国内に住所を有していないために課税されない。含み益には国税のみ15.315%の税率が適用される。
納税猶予および課税の取り消し
この制度はみなし譲渡益などに対する課税であることから、納税資金を工面できない可能性を考慮し、納税猶予する所得税額分の担保を提供し、かつ納税管理人を届け出た場合には5年間(届出により10年間)の納税猶予が認められる。
5年(届出をしている場合は10年)以内に帰国(国内に住所を有し、または現在まで引き続いて1年以上居所を有することとなること)した場合、帰国時まで引き続き有していた有価証券などは課税の取り消しが可能である。
また、納税猶予を受けずに出国税をいったん納税している場合は、5年(届出をしている場合は10年)以内の帰国の日から4カ月以内に税務署に対して「更正の請求」という手続きを行うと、国外転出時に納税した金額が還付される。なお納税猶予を適用していた場合は課税の取り消しを行うことで納税不要となる。
出国税は世界各国で導入されていて、ドイツ、デンマークなどでは対象を有価証券などに限定しているが、アメリカのように対象資産に制限のない国もある。
出国税は海外赴任や海外留学も該当するので、例えば未上場の同族会社株式を相続してから海外渡航する場合(時価1億円以上)も対象となる。この場合の未上場株式の評価額は純資産額や類似会社の株式時価を参考にして算定しなければならない。短期間の赴任や留学であれば納税猶予制度が使えるが、出国・入国の都度の手続きの煩雑さは免れない。
以上が出国税および納税猶予制度のあらましであるが、意外な盲点として次のような場合(先に挙げた②のケース)にも出国税がかかるので注意が必要である。
相続人が海外居住していたケース
非上場企業のオーナーが亡くなり相続が発生したケースをご紹介する。相続人は四人いたが、そのうち三人は海外に長期間在住しており、事業を承継する一人のみが日本居住であった。遺言がなかったため相続財産の分割協議がまとまらず株式も法定相続で申告することになったが、株式総額の4分の3に出国税が課されることになってしまった。
ここで注意したいのは、出国税は被相続人、つまり亡くなったオーナーに納税義務が発生する、相続税(納税義務者は相続人)とは別にかかる所得税だということだ。このケースでは相続税申告時に所得税納税額の債務控除はできるものの、全体の相続財産の分配などと合わせて相続人間で誰が負担するかという問題が起きてしまった。
このように株式を保有する本人が実際に出国していなくても、相続や贈与により株式の移転を受けた者が海外居住者の場合には移転した本人に出国税がかかることになってしまう。
本稿のまとめ
☑海外に長期間居住する場合、保有する有価証券などに出国税がかかる場合がある。
☑海外赴任や海外留学の場合も対象となる。
☑海外居住者が相続や贈与で居住者から有価証券の移転を受けた時も対象範囲。
永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学卒業後、ウォートン・スクールMBA。
監査法人トーマツ、バンカーズ・トラスト銀行等を経て、現在は永峰・三島コンサルティング代表パートナー。
※『Nile’s NILE』2021年4月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています