個人海外投資に必要な国際税務の基礎知識 第4回

Text 永峰 潤
うみべのまち

国際遺産相続手続きと税金のはなし(後編)

知り合いのホノルルの弁護士と会計士からプロベートとアメリカの税金計算の概要(第3回コラム)を聞いたお嬢さんは(彼女は大学生の時に留学経験があり英語が堪能なのだ)、これらを踏まえて日本の税金はどうなるのかを日本の税理士に聞いてみた。

日本の税金は

日本に住所を有する日本人が海外に財産を残したまま亡くなった場合、その者の日本国内・国外を合わせたすべての財産が相続税の対象となる。国外不動産については日本のような路線価がないため、現地で鑑定評価を行って時価(=市場価格)で評価する。すべての国外財産の時価評価が終わったら、日本の相続財産と合算して相続人ごとの相続税を計算する。

本件は遺言のない相続なので相続人間(奥様とお嬢さん)で遺産分割協議書を作成し、それに基づいて各人ごとの相続税が計算され、相続の開始があったことを知った日の翌日から10カ月以内に税金を納めることになる。実務的には二つのことに留意する必要がある。

アメリカの財産(不動産と銀行預金:ただし銀行預金は一定の免除措置あり)にはアメリカ遺産税が課されるが、この税金は一定の計算のもと日本の相続税から差し引くことが可能である(※1)。

日本の遺産分割協議書通りの分割がハワイ財産についても認められるかどうかの問題がある。

本件の場合は不動産、預金ともにプロベート手続きに入ることになり(※2)、人格代表者(personal representative)がアメリカの裁判所に日本の遺産分割協議書通りの分割を申請することになる(※3)。そうしないと日米間で相続人の分割割合が異なってしまい、結果的に各相続人の相続税額が正しく計算されなくなる。

つまりアメリカの財産についても日本の遺産分割協議書の分割割合を反映させた相続税を計算するにはプロベート手続きを経ないとならず、多大な時間(プロベート終了までに数年かかることあり)と費用(一説には総財産価額の5%程度)が必要となる。 

仮に不動産と銀行預金を奥様が単独相続するとしたならば、プロベートを避けるにはどのような方法があったのかをホノルルの弁護士に聞いてみた。

プロベート回避策(不動産)

最も簡単な方法は「死亡時譲渡証書」(Transfer-on-Death Deed=TOD Deed)と呼ばれる、不動産所有者が死亡した際に所有権を相続する者の氏名を明記した証書(Deed)を作成しておくことである。

通常は、1枚の証書に譲渡する者の氏名を記して、現在の所有者が公証人(Notary Public)の面前でサインし、それを現地で公記録(Local Public Records)として記録しておけば有効となる。実際に相続が起きた時は不動産を譲られた者が宣誓供述書と死亡証明書のコピーをもって譲渡手続きを行うことになる。停止条件であるので相続まで日米ともに何ら税務上のイベントは起きない。

これ以外に「合有財産権」(Joint Tenancy)として夫婦で共有名義とする手段もあるが、銀行口座の「ジョイント口座」(Joint Account)と異なり、夫婦の資金拠出額と不動産持分(均等)が異なる場合には日本の贈与税の課税対象となる(※4)。

プロベート回避策(銀行預金)

最も簡単な方法は「死亡時払い預金口座」(Payable-on-Death Bank Account =POD Account)と呼ばれる、口座名義人が死亡した際に受取人となる者の氏名を銀行に連絡してPOD口座にしてもらうことである。これはすでに開設している口座でも可能である。

これ以外にジョイント口座を開設するという手段もある。これは口座開設時の資金の出し手は本人単独であっても、口座名義人を本人と配偶者の共有名義とするものである。米国においても本人以外の第三者を銀行名義人にした場合は米国贈与税の対象となるが、配偶者が米国市民の場合は贈与税がかからないため広く使われている。ただし日本で贈与税の対象となるリスクを排除できない(※5)。

と、ここまでお嬢さんが調べたところで、奇跡的にあなたは昏睡状態から目が覚め、また元の生活に戻ることができるようになった。しばらくしてお嬢さんから以上の相続手続きの概要を聞いたあなたは次のような結論を下した。

一つの結論

子供がハワイの不動産や銀行預金を相続したい、そのための手間暇は覚悟するという強い意思がない限り、自分の死後に子供が背負うことになる事務処理とそのコストを考えるならば、自分の意識がしっかりしている今のうちに不動産は処分し換金して銀行預金に集約し、預金はPOD Accountで妻もしくは子供に相続するようにしておく。これ以降ハワイへ行くときはホテル滞在にする。これも一つの見識である。

(※1)前回説明したように、米国で払った遺産税(=相続税)は日本の相続税から差し引くことが可能である。米国は基礎控除枠が大きいため、そもそも米国で相続税がかからない場合もある。
(※2)ハワイ州の場合、預金に関しては、口座残高が10万ドル以下の場合は個人の単独名義でも死亡診断書その他所定の書類を準備すればプロベートを経ることなく相続人に相続することが可能である。
(※3)日本の遺産分割協議書があれば、ANCILLARY PROBATEによりアメリカの裁判所に対して日本の遺産分割協議書の相続割合で名義変更を申請することになる。
(※4)合有財産権の創設時において自己の持分に応じた資金を拠出していない者に対しては、自己の持分を超える資金を拠出した者からの贈与として、相続税法9条により贈与税を課税すべきである(2007年10月10日東京高裁判決)。
(※5)ジョイント口座から生活費を引き出した場合、通常の範囲内であれば贈与税はかからないが、そうでない場合は贈与税の課税対象とされる可能性が高い。

本稿のまとめ

☑英米系の国に財産を残したまま相続が発生するとプロベートは不可避。
☑財産取得の際にプロベート回避の手段を講じておくべき。
☑たとえ回避しても両国で相続税申告をしなければならない場合がある。

永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学卒業後、ウォートン・スクールMBA。
バンカーズ・トラスト銀行等を経て、現在は永峰・三島コンサルティング代表パートナー。

※『Nile’s NILE』2020年5月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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