個人海外投資に必要な国際税務の基礎知識 第3回

Text 永峰 潤
海外投資03

国際遺産相続手続きと税金のはなし(前編)

筆者が外資系企業で働いていた時、同僚のアメリカ人が封書に貼る切手の料金が足りずに直接1円玉をセロテープで貼り付けているのを見て声が出ないほど驚いた記憶がある。

その後、そんなアメリカ人に出会ったことはないので、これは個人の生活態度だと思うが、アメリカと日本は個人同様、法律システムも当然に異なっている。

今回は「相続の仕組み」を取り上げる。

こんな前提で

本誌の定期購読者である貴方(年齢68歳)はホノルルにコンドミニアム(100万ドル程度)と預金(10万ドル程度)を保有されている。

不動産は10年前に購入の時、現地不動産エージェントからプロベートを避けるには奥様とジョイントテナンシーにしたらいいと勧められたが、どうにも説明がわからないので、そうせずに貴方自身の単独名義とした。預金も同様に貴方名義である。

10年間のハワイ別荘ライフを夫婦そろって満喫し、そろそろハワイのゴルフ会員権でも買おうかと思案していた矢先、大変不幸なことに貴方は不意の病で昏睡状態に陥ってしまった。

家族は奥様とお嬢さんひとり。お嬢さんは貴方が苦労して大きくした会社の社長となっている。家族は全員、日本に住んでいる。

保有する財産は柿の木坂の持ち家と軽井沢の別荘、そしてそれなりの金融資産である。突然のこの世とのお別れなんて自分には死ぬまで起きない(?)と考えていたので、貴方は当然のごとく遺書など書いてない。

ありがたいことに奥様とお嬢さんは極めて仲がよい。奥様に代わってお嬢さんが万が一のことを考えて、会社の顧問税理士に相続の場合の手続きを聞いたところ以下のような返答だった。

「日本国内の相続手続きに従い、法定相続分で奥様とお嬢様で2分の1ずつ遺産を分配。遺産分割協議書を作成して、ご主人の他界から10カ月以内に申告書を提出し合わせて納税を済ませればよい」

だが、ここで疑問が発生した。「一体、ハワイの不動産と預金はどうすればいいの?」。顧問税理士はご多分に漏れず英語が全くだめなのだ。

国際相続とは

外国に財産があるまま日本で亡くなった場合、国内の相続手続きに二つの要素が加わることになる。すなわち外国の財産分配に関してどちらの国の相続法が適用されるのかという法的な問題と、相続税の計算をどうするのかという税務の問題である。

国際管轄

相続の手続きについては、ヨーロッパ大陸法系と英米法系の手続きに分類される(日本は大陸法)。

大陸法系では多くの場合、財産の種類、すなわち不動産か動産かに関わらず被相続人の本国法や居住地法を適用して相続手続きを進めることが多く、英米法系では不動産はその所在地の相続法で、動産は被相続人の本国法や居住地法を適用することが多い。

本件の場合、遺言書なしの相続であり、被相続人の居住地(※1)は日本にあるので、ハワイ州の不動産にはハワイ州の相続法が適用され、銀行預金については日本の相続法が適用される。ハワイ州の相続法では不動産は配偶者が全て相続することになる。

これに対して銀行預金は日本の相続法が適用されるので、遺産分割協議によって配偶者と子供の取り分が決せられる。

しかしながら米国で相続財産を相続するためには、たとえ上のような分配に落ち着くとしても、原則として裁判所の監督下で被相続人のエステート(※2)を確定・清算したうえでプラス財産があれば相続人に分配される。このように被相続人のエステートを裁判所関与のもとで厳格に管理・清算するシステムをプロベートと呼ぶ。

実際の清算手続きは遺言執行者(executor)もしくは裁判所が選定した遺産管理人(administrator)が実行する(これらをまとめてpersonalrepresentativeという)。かたや日本では相続人が被相続人の権利・義務を包括的に承継し、通常、裁判所の関与は必要としない。

裁判所が関与することからわかるように、プロベートは時間とコストがかかるため、アメリカ人の間でもプロベートを回避するため各種の法的手段が用意されている(※3)。

税金の計算

以上の相続手続きと並行して税金(遺産税=estate tax)の計算が必要になる。

本件は納税者となる被相続人が米国非居住者なので、米国内の遺産のみが米国遺産税の対象となる。非居住者に対する基礎控除(※4)を差し引いた後、累進課税18%~40%の税率で課税される。遺産税はpersonal representativeが相続から9カ月以内に支払わなければならない。

宿題

と、ここまでが米国の手続き概要であるが、次なる課題として、日本の相続、税金申告とはどう関係するのかの問題がある。また、プロベートを避ける方法にはどのようなものがあるかも知りたいところである。
これらは次号で取り上げたい。

(※1)米国では州ごとにドミサイル(生活の本拠があり永住の意思がある場所)がどこにあるかによって決せられる。
(※2)米国税務では、エステート(Estate)とは個人が亡くなった際に必ず設立される独立の法的主体で、被相続人の財産や債務等一切が移転される。日本語で直訳すると「遺産財団」となるが、我が国にはプロベート手続の中心となるこのような法的主体はないため、敢えてエステートのままとした。
(※3)プロベート開始から終了までには数カ月から数年かかり、弁護士報酬なども数万ドルかかる場合がある。
(※4)基礎控除は6万ドルであるが、代替的に日米租税条約により1140万ドルの米国人に適用される基礎控除額のうち米国遺産対応分を用いることが可能。

永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学文学部西洋史学科卒。
ウォートン・スクールMBA、等松・青木監査法人、バンカーズ・トラスト銀行を経て、現在永峰・三島コンサルティング代表パートナー。

※『Nile’s NILE』2020年4月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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