ついに、ドル/円が1998年8月以来の140円台まで上昇した。前回も述べたとおり、なおも趨勢(すうせい)的な円安傾向は継続している。円安が進むほど日本が輸入に頼る資源・エネルギーなどの価格は上昇し、結果的に貿易赤字は拡大する。そして、貿易赤字が拡大するほど、円安が進みやすくなるという悪循環が生じている。
もちろん、そこにはドル高の要素も大きく関わっている。市場では円だけでなくユーロも強い売り圧力に押されており、執筆時までにユーロ/ドルは等価(=パリティ)の水準を割り込むほどに値下がりしている。言わば、ドルの独り勝ちといった状態なのである。
ドルが買われる最大の根拠は、米国で中央銀行の役割を果たしている米連邦準備制度理事会(FRB)が、ここにきて「インフレを徹底的に封じ込める」とのメッセージを強く市場に示してきていることも大きい。「そのためなら景気を犠牲にすることもいとわない」とも解されるようなコメントをFRB のパウエル議長自らが発したことによって、ますます足元では米金利の上昇に伴うドル買いの勢いが増しているわけである。
ここで、あらためて認識しておきたいのは、今目の前に見えている光景と数カ月後のそれは明らかに異なるということである。執筆時において、9月下旬に行われる米国の金融政策会合で大幅な追加利上げの実施決定が下されることは確実視されている。肝心なのはその先であり、以降は利上げのペースが減速すると見る向きも多い。
複数回にわたる大幅利上げの影響は、追って確実に表れる。米景気の拡大ペースは間違いなく鈍化するだろう。場合によっては、一時的にも景気後退局面が訪れる可能性すらある。そうなれば、さすがに米国におけるインフレ率上昇や市場におけるドル買いの勢いも衰えることだろう。早ければ、9月の米利上げ決定に相前後してドル強気の流れに変化が生じる可能性も否定はできない。
周知のとおり、11月には米中間選挙が行われる。少々うがった見方をすれば、今のFRB 議長によるタカ派姿勢の誇示は「バイデン民主党応援策」にも見える。ドル高は米国のインフレに対して抑制効果を発揮する。実際、足元では米国のインフレが多少和らいでおり、それに符節を合わせるようにバイデン政権の支持率は持ち直している。
極端なことを言うと、米中間選挙を通過した後はドル高維持の必要性も薄れる。そもそも、その頃には既に始まっている米住宅市場の縮小度合いが一層強まって、米個人消費も減速傾向をたどっている可能性がある。執筆時、すでにパウエル議長のタカ派発言を受けて米株価は下落基調に転じており、一段と値を下げることとなれば「株安の逆資産効果」が米景気を冷やすことにもなる。
言えることは、そう遠くない将来においてドル/円の上値余地も徐々に限られてくる可能性があるということ。また、米国や中国の景気が一時的にも冷え込むことを前提にすると、海外輸出比率の高い日本の上場企業の株価も上値を抑えられやすくなる恐れがある。
一方、内需中心のビジネスを展開する国内上場企業の収益状況はなおも全般に好調が続く。主要国のなかで日本の経済再開は最も後れを取ったが、そのことがむしろ国内景気の現状にプラスに働いている面もありそうだ。銘柄選別を誤りさえしなければ、これからの日本株投資には十分に勝機が見いだせると言えるだろう。
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田嶋智太郎 たじま・ともたろう
金融・経済全般から戦略的な企業経営、個人の資産形成まで、幅広い範囲を分析、研究。講演会、セミナー、テレビ出演でも活躍。