雄大な山の景色は、人の心を鎮めさせる。ほぼ完全な円錐形の独立峰であり、蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山は、まさにそんな美しさを持つ山だ。過去には何度も激しい噴火を経験し、一帯に火山灰を降らせたが、その灰がかえって土壌を肥沃にし、現在の緑の畑が広がる豊かな風景を生んでいる。力を秘めた峰と穏やかな裾野が感じさせる、悠久の時の流れと大地の営み。そうした人知を超えた存在が心を癒やすのだ。
ニセコに誕生した「楽 水山」は、この羊蹄山を目の前に臨む湯宿だ。全18室の客室はすべて羊蹄山に向いており、部屋から遮るものなく緑の風景が楽しめる。客室は茶褐色の湯の花が効能を物語る自家源泉のかけ流し露天風呂付きで、もちろん湯舟からも羊蹄山が見渡せる。朝に夕に、太陽の加減によって表情を変える山の稜線が脳裏に焼き付き、目を閉じてもその姿が見えるようになった頃、「ここに来てよかった」と自然と笑みがこぼれてくる。
山と対比するように、水の美しさがある。北に日本海につづく石狩湾、南には太平洋の噴火湾など異なる海からの恵みがある稀有な場所だ。手前には尻別川が流れ、向き合うようにもう一つの山、ニセコアンヌプリがそびえている。水と山、動と静の自然に包まれ、都会の喧騒とは真逆の世界にいる身を幸福に思う。
「楽 水山」の大きな魅力は、地元の旬の食材をふんだんに生かした料理だ。食するために滞在する湯宿であり、その日一番の素材に合わせて料理するため、しながきは存在しない。夏ならば脳髄を突くような旨みの積丹産のウニや赤井川村の風味豊かなアスパラガス、ニセコ産のシャキッとした歯ごたえと甘みのあるとうもろこし。なじみ深い食材が、こうも違うものかと鮮烈な感動を与えてくれる。
生産者の想いがこもった力のある食材を、フレンチや日本料理という枠にとらわれず、インスピレーションで料理して提供する「ゆきあい亭」、素材をシンプルに味わう鉄板焼き「海王」、寿司・天ぷらの「入舟」もそろえているため、連泊してもさまざまな味を堪能できる。
ニセコや小樽を含む後志エリアは、北前船の寄港地として多くの遺構がある地だ。縄文時代よりこの地に根付き、北前船交易によって発展した人々の交流と調和の歴史を、ここでは食を始め、金沢や京都のアート、さりげなくそろえられた新潟燕や会津漆器のカトラリーなどから感じることができる。
ラウンジの囲炉裏端で旅の仲間と会話し、リラクゼーションルームでさらに癒やしのひとときを堪能することも可能だ。宿を出て自然の中での爽快なゴルフを始め、トレッキングや鏡沼でスケッチをしたり、酒蔵やワイナリーなどを巡ったりと、近隣を歩いてみるのもいい。
緑豊かな自然をより堪能できるこれからの季節は、密を避けながら夏のニセコで暮らすように過ごすロングステイもおすすめだ。雄大な自然と食で心身を癒やす、羊蹄山の里山にたたずむ美食の湯宿へ、いざ。
●楽 水山(らく すいさん) TEL0136-22-0520
※『Nile’s NILE』2021年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています