伝統と革新が同居する 「美食」の名門ホテル

日本が誇るリゾートで五感を満たす滞在を

Text Aya Hasegawa

日本が誇るリゾートで五感を満たす滞在を

英虞湾を一望できる横山展望台から、志摩観光ホテルを望む。
英虞湾を一望できる横山展望台から、志摩観光ホテルを望む。

志摩観光ホテル、1951年に戦後初のリゾートホテルとして開業した名門ホテルだ。長年のファンからは“シマカン”の愛称でも親しまれている。「G7伊勢志摩サミット2016」の会場となったことでも記憶に新しいのはないだろうか。“シマカン”を紹介するにあたってフィーチャーしたいトピックスはいくつでもあるが、まずその立地。志摩半島の南端、穏やかな英虞(あご)湾を臨む賢島の高台に立つ。伊勢志摩エリアのなかでもひときわ風光明媚な賢島までは、名古屋から近鉄特急で約2時間。アクセス抜群とは言い難いが、到着し、美しい景色に出あった瞬間、旅の疲れは一気に吹き飛ぶのではないだろうか。

この地の魅力は自然だけではない。伊勢えび、鮑を始め、松阪牛など三重のとっておきのご馳走が集結する場所でもある。もともと三重県は広く海に面し、海の幸には恵まれた立地にある。なかでも志摩地方は、その種類も豊富で古代には「御食つ国(みけつくに)」、すなわち神様の食料を献上する国として知られていた。大伴家持は、「御食つ国 志摩の海女ならし真熊野(まくまの)の小舟に乗りて 沖へ漕ぐ見ゆ」(万葉集)と詠んでいる、伊勢えびや鮑などの食材は、今なお伊勢神宮の神饌となっている。

2016年にリニューアルした「ザ クラシック」。
2016年にリニューアルした「ザ クラシック」。

志摩観光ホテルは1951年4月3日に開業。その年の11月には、戦後の復興状況視察のための巡幸で、伊勢志摩を訪れた昭和天皇を迎えた。上皇陛下も皇太子時代から複数回訪れるなど、古くから皇室や国内外のVIPが宿泊。作家の山崎豊子が定宿としていたことでもよく知られている。『華麗なる一族』の冒頭、「陽が傾き、潮が満ち始めると、志摩半島の英虞湾に華麗な黄昏が訪れる」は、シマカンからの風景を記したものだと言われている。

涼やかな水盤。後ろの建物は「ザ ベイスイート」。
涼やかな水盤。後ろの建物は「ザ ベイスイート」。

“シマカン”には大きく三つの建物がある。昭和を代表する建築家、村野藤吾の手による、「ザ クラブ」と「ザ クラシック」。そして、2008年に開業した、全室スイートルームの「ザ ベイスイート」だ。

「ザ ベイスイート」は全室スイートという贅沢なつくりとなっている。
「ザ ベイスイート」は全室スイートという贅沢なつくりとなっている。

宿泊機能を持つのは、「ザ クラシック」(114室)と「ザ ベイスイート」(50室)。往時の面影を今に伝える「ザ クラブ」は、もともとはかつて村野が手掛けた三重県鈴鹿の旧海軍クラブの建物を移築したもの。現在はレストランやバーも擁しており、また、各国の首脳たちがワーキングランチをとったテーブルと椅子、山崎豊子がホテル滞在時に使用した机や椅子などが展示されている。そんな歴史の足跡をたどる館内見学ツアーも人気だという。かつて食堂だった場所は、村野の意匠を残した、カフェ&ワインバー「リアン」として営業中だ。

「ザ クラシック」の屋上展望台からの英虞湾の眺め。教科書で習ったリアス海岸が穏やかに眼下に広がる。
「ザ クラシック」の屋上展望台からの英虞湾の眺め。教科書で習ったリアス海岸が穏やかに眼下に広がる。

「ザ ベイスイート」は、全室100平方メートル以上のスイートルーム。窓からは伊勢志摩国立公園内ならではの豊かな自然が一望できる。屋上庭園では、サミットの際、各国の首脳陣が記念撮影をした。1969年に建てられた「ザ クラシック」は、2016年に大幅リニューアルをはかった。リニューアルを機に誕生した「ザ クラシック」の「ゲストラウンジ」は、宿泊のゲスト全員に開かれた寛ぎのスペースだ。伊勢志摩に関係する書籍や写真集、シマカンゆかりの山崎豊子の小説など、幅允孝が代表を務めるバッハがセレクトした本を眺めるのも一興。

「ザ ベイスイート」の屋上庭園。
「ザ ベイスイート」の屋上庭園。

デンマーク・ダリ社の高音質スピーカーが置かれたリスニングルームではクラッシックが楽しめ、お茶やビール、ワイン、お菓子をいただきながら、思い思いの時間を過ごすことができる。英虞湾の入り江に沈んでいく夕陽。英虞湾をのぞみ、西向きに位置するこの場所は格好の特等席だ。穏やかな海に浮かぶ養殖真珠の筏(いかだ)を眺める時間は、異次元に迷い込んだかのような不思議な感覚に包まれる。

「ザ ベイスイート」のエントランスでは、約9000個もの真珠をあしらったシャンデリアがゲストを出迎える。
「ザ ベイスイート」のエントランスでは、約9000個もの真珠をあしらったシャンデリアがゲストを出迎える。

施設内には歴代の支配人が蒐集した、小磯良平や藤田嗣治、ベルナール・ビュッフェなどの名画がさりげなく飾られている。また、「ザ ベイスイート」にはフロント後ろの壁の真珠モチーフの照明、エレベータの中の手すり、絨毯の模様や真珠のカーテンなど、至るところに英虞湾の名産である真珠をあしらった設えやインテリアがある。なかでもエントランスにある真珠のシャンデリアは圧巻だ。

「海の幸フランス料理」をテーマにした「ラ・メール ザ クラシック」。
「海の幸フランス料理」をテーマにした「ラ・メール ザ クラシック」。

ホテルを語るうえで忘れてはいけないのが料理のすばらしさ。フランス料理「ラ・メール」「ラ・メール ザ クラシック」を始め、鉄板焼きレストラン「山吹」、和食「浜木綿」、カフェ&ワインバー「リアン」などがそろう。ちなみに、「ラ・メール ザ クラシック」ではその名のとおり、ホテル伝統の「海の幸フランス料理」を提供。

  • 鮑ステーキ ブルーノワゼットソース(「ラ・メール」) 鮑ステーキ ブルーノワゼットソース(「ラ・メール」)
    鮑ステーキ ブルーノワゼットソース(「ラ・メール」)
  • 伊勢志摩ジビエ 鹿肉のロティ ベルシーソース(「ラ・メール」)。 伊勢志摩ジビエ 鹿肉のロティ ベルシーソース(「ラ・メール」)。
    伊勢志摩ジビエ 鹿肉のロティ ベルシーソース(「ラ・メール」)。
  • 鮮魚の盛り合わせ(「浜木綿」)。 鮮魚の盛り合わせ(「浜木綿」)。
    鮮魚の盛り合わせ(「浜木綿」)。
  • 鮑ステーキ ブルーノワゼットソース(「ラ・メール」)
  • 伊勢志摩ジビエ 鹿肉のロティ ベルシーソース(「ラ・メール」)。
  • 鮮魚の盛り合わせ(「浜木綿」)。

ホテル総料理長でもある樋口宏江氏が腕を振るう「ラ・メール」では、伊勢志摩の持つ土地の恵みを生かした、新しい「海の幸フランス料理」が楽しめる。「鮑ステーキ こがしバター風味の軽いソース」「伊勢海老クリームスープ カプチーノ仕立て」など樋口シェフらしい軽やかで繊細な料理目当てに何度も足を運ぶ人も多い。「志摩産の鮑を、大根とともに下茹でするという手法で作られる「鮑ステーキ ブルーノワゼットソース」は、G7伊勢志摩サミットの際、各国首脳が食しているシーンもテレビに映し出されたスペシャリテ中のスペシャリテだ。口いっぱいに広がる磯と上質なバターの香り、そして、どうしてこれほどまで柔らかくなるのかという鮑に悶絶する。「伊勢志摩ジビエ 鹿肉のロティ ベルシーソース」は、すでにお腹が満たされていても軽やかにいただける、香り高く、やわらかな鹿肉だ。きっと木の実などのエサが豊富なこの地で、悠々と育ったのだろう。白ワインベースのソースとの相性もいい。

三重県出身で1991年の入社以来、シマカン一筋の樋口氏は、伊勢志摩の美味を繊細にそして華麗に昇華させ、G7伊勢志摩サミットではワーキング・ディナーを担当した。

ディナー後、フランスのメルケル首相は、食後、挨拶に来た控え目かつスマートなたたずまいの女性シェフを見て、「あなたが作ったの!」と驚いたという逸話も。

  • モーニングスープ(「ラ・メール」)。 モーニングスープ(「ラ・メール」)。
    モーニングスープ(「ラ・メール」)。
  • 海の幸と卵のグラチネ(「ラ・メール」)。 海の幸と卵のグラチネ(「ラ・メール」)。
    海の幸と卵のグラチネ(「ラ・メール」)。
  • モーニングスープ(「ラ・メール」)。
  • 海の幸と卵のグラチネ(「ラ・メール」)。

朝食は、ぜひその「ラ・メール」で供される、コース仕立てのものを賞味してほしい。卵料理は3種類から選べるがひときわ個性的なのが「海の幸と卵のグラチネ」。鮑や伊勢海老、雲丹、そして卵が混然一体となったグラタンのような、伊勢のガストロノミーを体現した皿となっている。

伊勢志摩の素材をいかした和食「浜木綿」の繊細な味わい、季節や風情を感じるプレゼンテーションにも思わず感嘆のため息がもれる。

風光明媚な英虞湾を優雅にめぐる「チャータークルーズ」。デイクルーズとサンセットクルーズに加え、船上パーティプランを選ぶこともできる。
風光明媚な英虞湾を優雅にめぐる「チャータークルーズ」。デイクルーズとサンセットクルーズに加え、船上パーティプランを選ぶこともできる。

伊勢志摩という場所を存分に味わってほしい──。そんな思いからシマカンでは、ヨガなど約30プログラムのアクティビティを用意している(日によって実施されるアクティビティは異なる)。

たとえば、ホテルで保有しているプレジャーボートでの英虞湾内のクルーズは、ぜひ体験したいアクティビティのひとつ。グラスを片手に英虞湾の雄大な夕陽を愛でられるサンセットクルーズは記憶に残る思い出となるはずだ。

鰹節いぶし小屋体験で供された、鰹節ごはん。思い返すだけで顔がにやけるおいしさだ。
鰹節いぶし小屋体験で供された、鰹節ごはん。思い返すだけで顔がにやけるおいしさだ。

ホテルから車で15分ほどに位置する、岬の突端に残る鰹いぶし小屋を訪ね地元を知る体験もできる。かつて志摩地方は奈良時代から伊勢神宮に鰹節を奉納しており、江戸期には日本でも有数の鰹節の産地だった。鰹節製造の老舗「かつおの天ぱく」では、その当時と同じ「手火山式製法」という手法を守り続けている。見学時には、炊き立ての白い土鍋ご飯に削りたての鰹節を乗せたものがふるまわれる。そこに醤油をひとたらしするシンプルなおかかご飯がとにかく旨い。

アクティビティは、伝統工芸品「四日市萬古焼き絵付け体験」や、星空案内人による星空観察会、伊勢の木のおさじ作りや伊勢型紙つくりなど多種多彩だ。

英虞湾に落ちる夕日は、日本の夕陽百選にも選出されている。真珠筏(いかだ)浮かぶ英虞湾がオレンジ色に染まる美しさは、長く記憶に残ることだろう。
英虞湾に落ちる夕日は、日本の夕陽百選にも選出されている。真珠筏(いかだ)浮かぶ英虞湾がオレンジ色に染まる美しさは、長く記憶に残ることだろう。

伝統のおもてなしと、伊勢志摩の雄大な自然に抱かれる休日。国内外のさまざまな人たちがゆるりと心身を休め、美食を楽しめる志摩観光ホテルは、いわば大人のワンダーランドだ。そう、ここにはすべてがある。多彩なアクティビティに興じるもよし、館内のアートを愛でるもよし、名建築に身を置く喜びに存分に浸るのもいい。「ザ ベイスイート」の一部の客室の浴槽は、英虞湾をのぞむように設計されている。バスタブに浸りながら、絶景を愛でるのもいいだろう。昭和天皇は、初めて志摩観光ホテルに滞在したあと、「色づきし さるとりいばら そよごの実 目にうつくしき この賢島」と、賢島の高台から英虞湾を望む景観の美しさを詠んでいる。遠い昔、倭姫命(やまとひめのみこと)は天照大御神のご神託を受け、伊勢志摩の地を神の永遠の鎮座の地とした。神々も魅了された、その風景を飽きるまで眺めるのもまた、記憶に残る時間になるはずだ。

あなただけの「大人のくつろぎの時間」が待っている。

●志摩観光ホテル TEL0599-43-1211 

※『Nile’s NILE』2020年7月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。