がんの転移とエクソソーム
星野先生が行ってきた研究の一つが、がんの転移におけるエクソソームの役割の解明だ。がんを抑えるためには、がんをできなくする、大きくさせない、転移させない、など、さまざまな介入のポイントがある。先生が興味を持ったのは、転移の抑制だ。
がんの転移については、がんを種、転移先を土壌として考える、「種と土壌」説が1889年に発表されている。がんが転移する前に、転移先ではがんの「種」を育てやすくするための「土壌」の準備が行われているというものだ。つまり、がんの転移には大きく三つの段階がある。転移前に別の臓器でのがんの形成、転移前に転移先での転移準備(これを「前転移ニッチ」という)、そして、転移先でのがんの形成だ。しかし長い間、その仕組みは解明されていなかった。
星野先生らは、がん細胞から放出されるエクソソームを解析することにより、これらが、遠く離れた臓器の細胞に取り込まれることで、がんが転移しやすい環境を整えることを明らかにした。がん細胞由来のエクソソームには特定のタンパク質が含まれ、このタンパク質が転移先に到達するための「郵便番号」の役割を果たしている。また、これらのエクソソームは、血中を通り、将来の転移先となる臓器に到達することも明らかになった。
バイオマーカーとしての可能性
これらの発見から、がん転移の予防における、二つの可能性が見えてくる。一つは、がん細胞由来のエクソソーム、もしくはその内包物を阻害することにより、がんの転移を防ぐ薬の開発。もう一つは、血中のエクソソームに含まれるタンパク質をマーカーとした、がん診断法の開発だ。
星野先生の研究チームはさらに、がん由来ではない、正常細胞由来のエクソソームに含まれるタンパク質も、がんの有無やその種類を特定するマーカーとして有効であることを突き止めた。これにより、がん患者の血中に流れるエクソソームを解析することで、膵すい臓ぞうがんのように早期発見が難しいがんを早い段階で見つけることができるようになる。また、転移がんが見つかっていても、その元となったがんが不明であるために治療が困難なケースでも、がんの種類を特定し、適切な治療の選択につなげることができるようになるのだ。
診断ツールの開発
現在、星野先生は、がん研究で培った技術を活用し、エクソソームを活用した診断ツールの開発に注力している。がんの診断と同様に、エクソソームを解析することで、早期発見や診断が難しい病気を見つけることができる可能性があるからだ。
その一つが、妊娠高血圧症候群。妊婦の5~7%に発症し、全世界で数万に上る母体および胎児を死に至らしめているにもかかわらず、いまだに早期発見が難しい。もう一つは、自閉症。アメリカでは31人に一人の子どもが罹り患かんし、影響を与えている神経発達症であるが、遺伝子変異が多様であり、原因遺伝子の特定には至っていない。
星野先生は、現在、診断ツールの開発に必要な解析を進めている。そして今後、スタートアップを立ち上げ、エクソソームを活用した妊娠高血圧症候群と自閉症の診断ツールの開発を実現していく予定だ。エクソソームの詳細な機能や仕組みは、徐々に解き明かされつつある。生命のさらなる理解に向け、今後の研究成果に引き続き注目していきたい。
※『Nile’s NILE』2025年7月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています