脊柱の柔軟性を高める
谷崎 日本の平均寿命は、2019年で男性が81.41歳、女性が87.45歳。一方、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を表す健康寿命は、同年で男性72.68歳、女性75.38歳です。平均寿命も健康寿命も、男女ともに年々上がっています。この背景には、研究や医療技術の発達、一人ひとりの健康への関心や情報リテラシーの高まりが表れていると感じますが、平均寿命と健康寿命の差を縮めることが豊かな生活に欠かせないですよね。
早川 その差を縮めるにあたって何が必要かと考えたときに、やはり筋力は欠かせませんよね。私のスタジオでは、自分の体重をどの程度筋力で支えられているかの割合を示すWBI(Weight Bearing Index=体重指示指数)を指標にしています。もう一つ、意識しているのが脊せ き柱ちゅうの柔軟性です。普段の生活の中で寝返りをしたり、起き上がったりといった動作には、四肢の柔軟性以上に脊柱の柔軟性が重要です。
谷崎 脊柱の柔軟性は、デスクワークの増加やスマホの普及などによるスクリーンタイムの増加によって失われていますよね。
早川 そうですね。脊柱の柔軟性を保つためには、体を動かすことが一つ。ヨガやピラティスは脊柱の柔軟性を保つために有効なので、効果を実感しやすいことから人気が出ています。あとは胸きょう椎つ いから出ている自律神経が、胸郭の動きや胸椎の動き、ひいては脊柱の柔軟性に影響してきます。そのため、睡眠や食事、ストレスコントロールといった、生活習慣を整え、自律神経に負担をかけないようにすることがポイントです。
五味原 個人的には、健康寿命を延ばす方法はフィットネスに限らないと思っています。大切なのは目的を持って生きているかどうかです。目的があれば、自然と活動的になり、体全体の動きに影響を及ぼします。胸郭や胸椎の動きが自然と出るようになり、脊柱の柔軟性も向上するのではないかと。これらをフィットネスを通して獲得することはできますが、フィットネスは目的ではなく、いろんなことに興味を持てる状態を長くしていくことこそが、健康寿命を延ばすという観点では重要だと思います。
なぜ運動する必要があるのか
谷崎 海外の団体が出したレポートによると、日本人のフィットネス参加率は3%(約33人に1人)と、欧米諸国に比べるとかなり低めです。ただ、厚生労働省の資料では、運動習慣のある人の割合は3人から4人に1人とされています。フィットネスクラブ以外でも、何らかの形で運動をしている方が多いということですね。ただ、ここで大事になるのが、自然と同じように、体や健康にはすぐに結果は表れないということです。手軽に健康になろうとサプリメントやエステなど受動的なサービスの選択肢もあふれていますが、何を選択するかは難しいですよね。そもそも忙しい現代の生活の中、ましてや運動が苦手な方であれば、「なぜ運動する必要があるのか」ということも気になる点だと思います。
早川 運動というか、筋肉を肥大させるトレーニングが正義かというと、必ずしもそうではないでしょうね。サプリメントも、今後、健康寿命を延ばしていくうえではかなり重要なものになると思いますが、薬やサプリメントには副作用のリスクがあることも事実です。その点、運動の良いところは、副作用がほとんどないことですね。また、人間の体で老化が進みやすいのは、ミトコンドリアが多いところであり、細胞の代謝が高いところです。脳や内臓は年齢とともに衰えていくしかないですが、唯一、刺激を与えて増やすことができるのが、筋肉のミトコンドリアです。つまり、筋肉が最もアンチエイジングの可能性があるということですね。
五味原 運動することで気持ちが前向きになれたという声もよく聞きます。体を動かすことが楽しくて、それ自体が生きる目的の一つになることもありますね。楽しみながら行った結果、筋肉がつき、健康寿命の延伸につながるというのが理想的でしょう。