「関税でアメリカを豊かに」というトランプ大統領の政策が愚策といえる理由

ドナルド・トランプ大統領は、製造業をアメリカに回帰させるため、関税を積極的に導入している。しかし、アメリカの生産体制や教育体制は「海外生産」を前提とした構造になっており、それを変えるのは極めて困難である。強行すれば、アメリカの生産性が著しく低下する恐れがある。

工場のアメリカ回帰は容易ではない

トランプ大統領は、関税の引き上げにより工場が国内に戻り、雇用が増加すると主張している。しかし、関税によって輸入品の価格競争力が低下したとしても、直ちに国内生産へ転換するわけではない。

最大の問題は、アメリカの製造業がすでに全工程を国内で完結する形態ではなくなっていることだ。多くの部品が海外で生産され、エンジニアの教育・育成システムも変化している。そのため、国内生産への移行には莫大なコストがかかる。

アメリカの製造業は、「設計はアメリカ、製造は海外」という「ファブレス(製造工場を持たない)」方式へと移行している。この典型例がアップルであり、設計をアメリカで行い、部品をアジア諸国で製造、最終組み立てを台湾の鴻海精密工業の中国工場で行っている。この方法により、アジアの安価な労働力を活用し、高度な製品を低コストで製造することが可能になった。

半導体産業も同様であり、設計はエヌビディアなどのアメリカ企業が行うが、生産は台湾のTSMCなどが担っている。自動車産業では、最終組み立てこそアメリカで行われるものの、多くの部品は海外で生産され、輸入されている。

このファブレス化によって、アメリカの生産性は向上し、1980年代の停滞期を脱却した。しかし、トランプ大統領が求める工場の国内回帰は、かえって生産性を低下させ、過去の経済停滞へ逆戻りする可能性が高い。

工場回帰には「旧来のエンジニア」が必要

関税が高率であれば国内生産のほうが有利に見えるが、実際には簡単なことではない。工場を新設し労働者を集めても、部品のサプライチェーンを再構築しなければならず、エンジニアの確保も大きな課題となる。

アメリカがファブレス化したのは2000年頃であり、すでに20年以上が経過している。その間に、旧来型の製造業に必要だったエンジニアの数は減少している。さらに、ソフトウェアエンジニアの需要が増えたことで、機械工学のエンジニアの給与水準も低下している。

アメリカの転職情報サイト「levels.fyi」によると、機械工学のエンジニアの平均年収は約592万円であるのに対し、ソフトウェアエンジニアは約876万円と約1.5倍の差がある。

大学の工学教育の変化

アメリカの大学工学部も、こうした変化に対応している。スタンフォード大学の学部定員を見ると、機械工学の学生は106人に対し、コンピューターサイエンスは191人と、IT分野への重点が顕著だ。修士課程では、コンピューターサイエンスが620人であるのに対し、機械工学は288人と、より大きな差が見られる。

このように、アメリカの教育システムはすでに最先端分野へシフトしており、トランプ大統領の関税政策はこの変化を無視している。

関税の影響はアメリカ国内外に広がる

関税がかかれば、輸入品の価格上昇を招き、アメリカ国内の物価が上昇する。特に、自動車関税や対メキシコ・カナダ関税だけでなく、対中関税の影響が大きい。

中国の対米輸出にはスマートフォンなどの電子製品が多く含まれる。例えば、iPhoneは中国で製造されているため、対中関税が適用されればアメリカ国内の販売価格が上昇する。結果として、世界中のiPhone価格が引き上げられる可能性があり、日本を含めた世界中の消費者に影響を及ぼす。

トランプ大統領の関税政策は、輸出型産業に携わる日本人だけでなく、広範な層に影響を与える可能性がある。したがって、日本人もこの問題を単なるアメリカ国内の話として傍観することはできない。
(野口 悠紀雄:一橋大学名誉教授)

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