「自宅の庭で毎日、絵日記のようにスケッチを重ねていると、自然界の繊細な変化や揺らめきがこれまでよりも心に留まるように感じました。スケッチを介して自然と向き合う時間は、コロナの流行がまるで長雨のように続くなかで、少し立ち止まって自分自身やSHを見つめ直す機会となったのです」
そう話すのは川島織物セルコンのインハウスデザイナーであり、インテリアファブリックスブランド「Sumiko Honda(以下SH)」の生みの親である本田純子氏だ。花を中心とする自然界のさまざまな情景をモチーフに取り上げ、緻密な織物で表現するSHが誕生したのは1998年のこと。以降、本田氏が企画からデザイン、製作に至るまでを一貫して監修し、毎年新作を発表し続けている。そんなSHの今年の新作は、バラがメインモチーフになっている。実はバラはブランド当初の代表作でも取り上げたことがある。
「改めてSHを見つめ直すなかで初心に返る気持ちが芽生え、おのずと心引かれたのがバラでした。バラは高貴で華やかな印象が強すぎて少しとっつきにくかったのですが、庭の野バラを丁寧に観察してみると、つぼみから少しずつ開き満開になって朽ちていくそれぞれの姿、そして落ちた花びらまでにも美しさがある。さらにその時々に変化する香りが素晴らしい。今回は“光と香りの色”をテーマに再びバラを描き、新たな世界を表現したいと考えました」
そうして、水彩で描いた何枚ものバラのスケッチを再構成して生まれたのが「オノラーレ」だ。光を受けて微妙に変化するバラの色味や質感は、糸や染料、織組織を厳選することで織物に表現している。
また、もう一つの新作「コンソラーレ」では、花以外の初めての具象柄として蝶のモチーフに挑戦している。蝶が飛び立つ軌跡が一筋の光のように感じられたことから、長雨が続くような今の世の中で光を感じてほしいという思いを込めてデザイン。20年以上にわたり取り上げてきたさまざまな花を蝶がつないでくれるイメージも重ね合わせている。
さらに空間のトータルバランスを考慮して、以前発表した無地系の「ヴェルゴラート」に新色を追加。岩や地層を表現した質感のある無地は、具象柄のファブリックスを引き立てると同時に、奥行きのあるコーディネートをかなえてくれる。カーテンはもちろん、イスやソファの張り地にも取り入れやすい。
「一輪の花が咲きやがて散っていったり、雨がやんで光が差したりといった自然界の物語を、SHのファブリックスによるトータルコーディネートで楽しんでもらえたらと願っています」と本田氏。光に照らされて表情を変える美しい織物を住まいに取り入れることで、自然を愛する日本人ならではの感性が呼び覚まされるようだ。これこそが、今の世の中に求められる希望や安らぎになるのではないだろうか。
●川島織物セルコン TEL03‒5144‒3980
※『Nile’s NILE』2021年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています