京都洛北、鷹峯。市街地から離れた静謐な別世界、そして江戸時代初期に本阿弥光悦が自由闊達な芸術村を拓いたこの特別な地に、アマン京都がオープンしたのは2019年のこと。「鷹庵」はその一角に位置する日本料理店。金沢でミシュランの二つ星を獲得する料亭「銭屋」の主人、髙木慎一朗さんが総料理長を務める。
乙御前が光悦の象徴
髙木さんにとって、実は京都は「厳しい思い出の土地(笑)。最初の修業先の『京都吉兆』で過ごした場所なので」という。「もちろん今思い返すと、私の土台を築いてくれた貴重な学びの日々でした」
そして鷹峯という土地への思いを聞いたところ、「もう、本阿弥光悦そのものです」と即答。
「これもお世話になった吉兆での思い出なのですが、私が修業を終えた時、当時の会長が記念に光悦の有名な茶碗『乙御前(おとこぜ)』のすばらしい写しを譲ってくださったのです」という。「卒業に際してお礼の挨拶にうかがった際、お茶を一服いただいたのがこちらの茶碗でした。その場でくださるとおっしゃるので、会長の気が変わらないうちにお茶碗を頂戴して早く帰ろう、なんてソワソワしたのを覚えています(笑)」
赤楽の穏やかな色合いとやさしいつや、親しみを生む絶妙で自由な形が乙御前の真骨頂。写しとはいえ、誰もが見入る不思議な魅力を備えているこの茶碗が、銭屋を創業した父が残した光悦筆の掛け軸と共に、髙木さんにとっての光悦の象徴となっている。
そんな髙木さんにとって光悦は憧れであり、共感する存在だ。江戸時代初期、寛永文化の活気みなぎる洛中からあえて離れ、山あいの洛北に芸術村を作ったセンス。本業の刀剣のほか書や漆芸、陶芸もよくする多様な才能。プロデューサー的な側面もあり、俵屋宗達など時代を代表する画家らとのコラボレーションでも名作を多く生んだ。そんな仕事を髙木さんはめざしたいという。
「茶碗も書も伝統的なフォーマットに則っているのは間違いないのですが、その中で非常にアバンギャルドなデザインを後世に遺したのが光悦だと思っています」と髙木さん。
「以前、今の樂直入さん(樂家15代当主)とゆっくりお話しさせていただいたことがあります。伝統的な楽焼に留まらず、焼貫焼成によりこれまでにない作品を制作し、国際的な感覚も持つ直入さんですが、光悦の茶碗を非常に研究なさったとお聞きしました」。特に樂焼の三代目で名工の誉れ高い道入は、光悦ときわめて懇意で互いに影響を与えあったと言われている。「そして、『光悦を語ることは私自身を語ること』とまで直入さんに言わしめるほど、現代の表現者に影響を与えていることは、私にも少なからず影響していると思います」