日常にこそある洗練

個性豊かな若手料理人が多く登場している、昨今の中国料理。その中でも注目を集めているのが、「ミモザ」の南俊郎氏だ。上海の昔の日常料理の中に、中国料理の知恵、伝統の味覚構成、シンプルだが的確な技術を見いだし、旬の食材と組み合わせる。そんなナチュラルかつ洗練された料理で、多くの人をとりこにする。

Photo Masahiro Goda  Text Izumi Shibata

個性豊かな若手料理人が多く登場している、昨今の中国料理。その中でも注目を集めているのが、「ミモザ」の南俊郎氏だ。上海の昔の日常料理の中に、中国料理の知恵、伝統の味覚構成、シンプルだが的確な技術を見いだし、旬の食材と組み合わせる。そんなナチュラルかつ洗練された料理で、多くの人をとりこにする。

炒めてミソをまとった上海蟹を豪快に

今回紹介するのは、時季を迎えている(取材時12月半ば)上海蟹の料理です(次ページ)。上海蟹というと蒸すか、紹興酒に漬けるか、という調理が多いと思いますが、当店では丸ごと炒めてお出ししています。

炒めたほうが食べ応えがあるように思うのと、ミソが全体に絡むので、身とミソを一緒に味わっていただけるのもポイント。味付けは、豆豉(中国の豆味噌)と、ほんの隠し味程度の豆板醤。蟹は殻ごとぶつ切りにしてあるので、そこにかぶりつく感じで、豪快に食べていただきます。少し変わった仕立てということもあり、お客様に喜んでいただいている一品です。

炒める際は、まずは熱した鍋に殻を入れて十分に香りを出します。その後に身を入れ、次いで切る時に分けておいたミソ、調味料を投入。火を入れすぎると身が固くなり、またミソのしっとりとした食感、旨みが損なわれてしまうので注意します。

ほどよい炒め具合で、上海蟹ならではの、他にない繊細さが前面に出る。そのポイントを狙っています。

当店は、お酒はワインを召し上がる方がほとんど。こちらの料理も、やさしいニュアンスのワインとぴったり。今までとは違う上海蟹の食べ方を楽しんでいただけると思います。

現代アートが昔から好き

店内には飾りはほとんど置かないのですが、唯一あるのが現代アートです。
今かけているのはアメリカの20世紀美術の巨匠、サイ・トゥオンブリーの作品で、レオ・キャステリ ギャラリーという、現代アートで有名なギャラリーがニューヨークにあるのですが、サイ・トゥオンブリーがそこで60年代に個展を開く際に送った案内状です。案内状ですからもとは折りたたまれており、その折り目もまた魅力。

これは私がアート好きだと知っているお客様からお借りしています。私が所有しているのはカウズのリトグラフだけ。まだまだ若いので、これからコレクションしていきたいですね。

サイ・トゥオンブリーの作品

アートに関心を持つようになったきっかけは、現代建築です。大学の頃から好きで、そこから徐々に現代作家へ興味が移りました。今は料理の道に進んでいますが、決めたのは大学卒業後で、少し遅いんです。それまでに広げた興味の対象が、今、店の雰囲気に少し反映されているのかなと思います。

上海料理の源流の地、杭州はおすすめです!

中国の日常的な料理が好きなので、現地にはよく行きます。香港なども面白いですが、やはり自分の料理のベースとなっている上海の古い日常料理と出合う旅がいいですね。

特に好きなのが、杭州。美食で知られた古都で、上海料理の原型をここに見ることができます。

というのも、昔から上海は大都会なので、周りのエリアから人が集まってきて形作られたような街。杭州は、その「周り」の一つなのです。

現在の江蘇省や、杭州のある浙江省にあたる地域は、古くから米がよくとれる食文化の豊かな場所で、醤油や黒酢といった発酵食品のふるさとでもあります。そんなエリアから集まった人たちが作り上げたのが、上海料理なのです。

大都会である上海に比べると、杭州は今ものんびりとしていて過ごしやすいです。風光明媚なので、ちょっとしたリゾートのような雰囲気もあります。そしてレストランが、上海の高級店と遜色ない店でも割安(笑)。そんな店で、思わぬ伝統料理を見つけたりすると、本当にうれしいですね。

上海から杭州は、のぞみにそっくりな新幹線で1時間弱の距離。頑張れば、東京からでも週末の弾丸で行けます。

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ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。