料理とはフィットすること

4世代にわたり料理人の血筋を受け継ぐ藤原哲也さんは2003年、先代から「洋食屋 ふじ家」を引き継いで「Fujiya 1935」をスタート。さらに2012年、新境地を開いた。以来、「季節の食材を使って、おいしい記憶を呼び起こす料理」をコンセプトに、五感に訴えるおいしさへの追求を続けている。

Photo Masahiro Goda  Text Junko Chiba

4世代にわたり料理人の血筋を受け継ぐ藤原哲也さんは2003年、先代から「洋食屋 ふじ家」を引き継いで「Fujiya 1935」をスタート。さらに2012年、新境地を開いた。以来、「季節の食材を使って、おいしい記憶を呼び起こす料理」をコンセプトに、五感に訴えるおいしさへの追求を続けている。

Fujiya 1935 春が香るウスエンドウ豆のパン
春が香るウスエンドウ豆のパン。4〜5口で食す。トウモロコシ、トマト、トリュフ(12月)など、月替わりで供される。

50年・100年続く老舗の跡取り息子には、往々にして心理的葛藤があるものだ。家業を継ぐか、別の自分の好きな道を進むか。藤原哲也さんもその例に漏れず、“洋食屋縛り”にあって苦しんだ時期がある。

「もともと料理は好きで、家業を継ぐことに強い反発はありませんでした。でも専門学校を卒業し、地元 大阪のホテルやイタリアのレストランなどで修業するうちに、何となく物足りなくなったんです」と言う藤原さんが「出合ってしまった」のが、スペインの「エル・ブジ」に代表される世界最先端の、食材の味を分子レベルまで掘り下げて研究した不思議な調理法の料理「分子ガストロノミー」だ。「作り方も味も想像できない。その新しさが衝撃的で、斬新的すぎて分からないからこそより深くまで知り尽くしたい気持ちになった」という。1999年、25歳の“大事件”である。すぐにスペインに渡り、「レスグアルド」の門をたたいた。

「シェフが脳神経外科医で、週2日は医師、5日は料理人という人でした。『五感の料理』を提唱し、主に色彩で脳に訴えかけていました。私はその考え方を取り入れる一方で、視覚よりも感覚的な五感に注目したんです。というのも日本人は、お茶の世界のように細やかな自然や四季の移ろいに敏感な民族だと思ったからです。とくに嗅覚というのは、理性の感覚が働きにくいため、直接的に脳を刺激するらしいんです。今も私の料理はよく『いい香りだね』ってほめられるんですが、実はそこ、香りから記憶を呼び起こしてもらうことを一番意識しています」

こうして“スペインの先端料理土産”をどっさり持って帰国した藤原さんを待っていたのは、家業との闘いだ。父は「息子の料理と共演したい」思いが強かった。しかし藤原さんは、「繁盛店・ふじ家を訪れるお客さんはみんな、父の料理を食べに来る」ことに抵抗を覚えた。そして「よそでやる!」とまで言い放った息子に、父の方が折れた。「分かった、お前の好きにしなさい」と。最終的には、オープン当初の「Fujiya 1935」を家族ぐるみで手伝ってくれたそうだ。

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ラグジュアリーとは何か?

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