危機を超える信念

長年にわたる料理人人生の中で、幾多もの社会的な危機に直面し、乗り越えてきた経験を持つ「ル・マンジュ・トゥー」の谷昇氏。コロナ禍でも動じず、日頃から自分に厳しく課している料理人としてのあるべき姿勢を貫く。その一方で、料理自体は変化し続ける。年を重ねても、料理人として成長する意思は衰えない。

Photo Masahiro Goda  Text Izumi Shibata

長年にわたる料理人人生の中で、幾多もの社会的な危機に直面し、乗り越えてきた経験を持つ「ル・マンジュ・トゥー」の谷昇氏。コロナ禍でも動じず、日頃から自分に厳しく課している料理人としてのあるべき姿勢を貫く。その一方で、料理自体は変化し続ける。年を重ねても、料理人として成長する意思は衰えない。

ル・マンジュ・トゥー。サクラマスの角切り、塩気をプラスするためのキャビア、14種類のマイクロリーフ、マイクロハーブをなど盛り合わせた一皿
サクラマスの角切り、塩気をプラスするためのキャビア、14種類のマイクロリーフ、マイクロハーブをなど盛り合わせた一皿。味付けは、マスタード入りのビネガードレッシングやルイユ。全体を箸でよく混ぜてから食べるよう、すすめる。

小林氏からインスパイアされた野菜料理

パリ「Restaurant KEI」のオーナーシェフ小林圭氏は、谷氏とそんな関係を築いている料理人の一人だ。今回紹介するもう一品、野菜料理は小林氏からインスパイアされたもの。発想のもとは、「Maison KEI」(小林氏が和菓子の「とらや」とのコラボレーションで、御殿場にオープンしたレストラン)で食べたサラダだという。

「お客さんが箸で全体を混ぜて食べるスタイルに『お、これはいいな』とマネしました(笑)。もちろん料理名には、圭さんの名前を掲げてリスペクトしています」

この料理の大まかな構成は、以下のようになっている。

器にさっぱりとしたクリームであえたサクラマス、塩気をプラスするためのキャビアを盛ってから、14種類のマイクロリーフやマイクロハーブのブレンドをフワリとのせる。

そこに3種類のドレッシングやオイル、ルイユ(卵黄とオリーブオイルの乳化ソース、ニンニク入り)をかける、というもの。

これを、箸で全体を軽く混ぜて食べるよう客にすすめる。ほどよく不均一に混ざったところを食べ進めると、味が変わる。その変化を楽しんでもらう、という趣向だ。

「マイクロリーフやマイクロハーブは、いろいろな店の料理を見ていると、飾りとして使われることがほとんど。でも、あのチョロッと料理にのせてあるのが許せなくて(笑)。使うなら、ワシワシと食べられる量にしたい」

実際に食べると、たっぷりの野菜とサクラマスの量がバランスよく調整されているとともに、ドレッシングやルイユがところどころで風味を主張。マイクロリーフ、ハーブのおいしさを鮮やかに感じることができる一品だ。

このように谷氏の料理は、フランス料理の伝統という軸がありながら、現代の感性を取り入れて進化し続ける。「来年、古希ですよ。70歳!」と笑うが、そんな年齢を感じさせない勢いが料理にある。「頑張っている同世代の仲間がいるから、まだまだ自分も負けられませんよ」

料理に加え、レストランという場に対する思いも強い。今はコロナの影響で、レストランは普段とは異なる場になってしまっている。「最近の営業では、客席が静かなんですね。皆さん、お話を普段より控えておられるので。レストランにはほどよい会話が満ち、それが豊かなアンビエンス(雰囲気)を生み出す。今の状況はとても残念です」

今はレストランにとってきつい時期だが、いつかはコロナとの折り合いがつく日が訪れるはず。「レストランは、人が集まって時間を共有する場所。その価値はこれからも変わらずにあり続けると信じています」

ル・マンジュ・トゥー 谷昇氏

谷昇 たに・のぼる
1952年、東京都生まれ。服部栄養専門学校在学中から「イル・ド・フランス」で働き、卒業後就職。76年と89年の2度にわたり渡仏し、「クロコディル」と「シリンガー」で経験を積む。帰国後、「オー・シザーブル」と「サバス」のシェフを務め、94年に「ル・マンジュ・トゥー」をオープン。2006年に改装。12年、辻静雄食文化賞専門技術者賞受賞。

●ル・マンジュ・トゥー
東京都新宿区納戸町22
TEL 03-3268-5911
www.le-mange-tout.com

※『Nile’s NILE』2021年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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