相模湾・乱舞する朝獲れ魚たち 小田原編

海・山・川の恵みが混じり合う相模湾。この特殊な地形こそが、相模湾に豊漁をもたらすのだ。おいしい魚を求めて、相模湾のおひざ元、小田原漁港と平塚漁港に行ってみた。

Photo Masahiro Goda  Text Junko Chiba

海・山・川の恵みが混じり合う相模湾。この特殊な地形こそが、相模湾に豊漁をもたらすのだ。おいしい魚を求めて、相模湾のおひざ元、小田原漁港と平塚漁港に行ってみた。

小田原漁港
小田原の漁業は室町時代、「船方村」(現本町、浜町辺り)と呼ばれる漁村が起こったことが発祥とされる。戦国時代になると、ここに魚商人の同業組合「魚座」が生まれ、江戸時代には魚市を開く「市場横丁」が形成された。小田原市場の創業は1907(明治40)年のことである。

小田原漁港

早朝5時、静まり返った町を抜け、小田原漁港に向かった。30分後には水産市場でセリが始まるのだ。でも、そのわりには静か。怪訝に思いつつ、駐車場から市場に足を踏み入れて驚いた。突如、世界が一変。大勢の人が、ある人は駆け足で、ある人は手押し車を押して、ある人はフォークリフトを操縦して、せわしなく動き回っている。毎朝300人前後が出入りするそうだ。

すでに獲れたての魚たちを氷詰めにした箱が市場狭しと並べられ、また水槽で元気に泳ぎ回る魚たちもいて、各魚各様にセリの始まりを待ち受けるかのよう。ざっと眺め回しただけでも、かなり多くの種類の魚が集まっているとわかる。

半ば呆然としているところへ、市場の“水先案内人”が登場。小田原市役所経済部水産海浜課に勤める見坊俊明氏である。

「日本には約4000種ほどの魚がいると言われていますが、ここ相模湾ではその約3割に相当する約1600種の魚が獲れます。本当に種類が多いんですよ」と言う。

市場はざっくり二つのエリアに分かれる。手前が他の漁場から陸送されてきた魚で、その奥に真鶴・二宮・小田原などの地元で今朝水揚げされた魚が集まる。また東側には、船の水槽から大量の魚をフィッシュポンプで直接吸い上げ、自動選別機で仕分けをする一角がある。

卸業者や買受人など、セリの準備に集中する皆様の邪魔にならないよう、早足で一回り。見坊氏が片っ端から、魚の名前を教えてくれた。イワシ、ブリ、アジ、ワラサ、カマス、イサキ、タチウオ、クロダイ、イシダイ、カワハギ、ホウボウ、ヒラメ、シイラ、アナゴ、マイカ……魚の名はそこそこ知っているつもりでいたが、数に圧倒されてしまい、“これ何だっけ?”状態に陥ってしまった。

そうこうしているうちにセリの始まる時刻になった。見坊氏によると、「船が着いた順に、セリを行う」そうだ。米神とか平塚、原辰、石橋といった名前が書かれた黒板を見れば、何時にどこで獲れた魚のセリが始まるかがわかるという。

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