足元には清らかな川が流れ、天然記念物のホルストガエルやリュウキュウヤマガメなど、沖縄固有種の小さな生き物たちがそっと姿を見せてくれた。渓流のゆるやかな流れはカエルの産卵に適し、他にもイモリやトンボ、サワガニなど無数の命のゆりかごとなっている。
かつて沖縄本島が大陸とつながっていた時代に生息していた生き物が、大陸では絶滅し、沖縄だけに残されている例も多い。とりわけ、やんばるの森は多くの希少な固有種がすむ“奇跡の森”として保護されている。
「山々が連なり、森が広がる地」、すなわち「山原(やんばる)」は沖縄島北部一帯を指す言葉だ。照葉樹林では国内最大級の広がりを有し、降水量が多く湿度が高いという特徴を持つ。
そのため、やんばるの森は生き物のゆりかごというだけでなく、沖縄全土の“水がめ”という重要な役割も担っている。粘土質の赤土は貯水に適し、森で蓄えられた水が9つのダムに集められ、人々の生活を支えている。
やんばる学びの森センター長兼自然ガイドの大城和也さんによると、ダムが整備される前の沖縄では、水不足が深刻だったという。やんばるでも家屋の屋上に雨水タンクを設置していたが、マラリアを媒介する蚊が大量発生するなど、衛生面で課題があった。
やんばるの木々は、昭和中期までは薪や建築資材として活用され、一時は森が丸裸になるまで伐採されていた。しかし、亜熱帯の気候に恵まれたやんばるの森は、人間による需要が減ったのち、驚異的なスピードで成長を遂げた。冬がなく、一年中植物が育つためだ。
森の復活とともに、なんとか生きながらえていた動物たちも再び繁栄を見せている。
人間を含む動物たちの命の水であるやんばるの森の水は、最後には海に流れ着く。森の養分は海で動物プランクトンの餌となり、それを食べる巨大な珊瑚の森を育んでいる。珊瑚は色とりどりの沖縄の魚たちの貴重なすみ家となり、海の生物多様性を支えている。
やんばるの森の一角、国頭村の辺土名沖では昨年、海水温の上昇に伴う珊瑚の白化現象が発生し、約7割の珊瑚が死滅する危機に見舞われていた。しかし今年6月、このエリアの珊瑚が、海の中に細雪を降らすような一斉産卵をする様子が確認されている。
森と海がつながっているからこそ、命は絶えず受け継がれていく。やんばるの森と珊瑚の海が織りなす美しい風景が、それを教えてくれている。
※『Nile’s NILE』2025年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

