1500年の名湯「名取の御湯」
秋保温泉は、古墳時代に欽明天皇の皮膚病を癒やしたことで「名取の御湯」の称号を賜ったとされている。拾遺集や大和物語にもその名が登場する、長野県の別所温泉、同野沢温泉と共に「日本三御湯」と称される由緒正しき名湯だ。江戸時代には、仙台藩主・伊達政宗の入湯場として守られていたという。1500年を超えるこの湯には塩分が含まれているのが特徴で、それにはこんな昔話が伝わっている。ある日、塩を積んだ牛に女児が乗って湿地を渡ろうとしたところ、牛もろとも沈んでしまった。するとそこから湯気が立ち上り、温泉が湧き出た。その女児は、湯神様の化身だったそうな―。この湯神様は、今も秋保温泉の湯神社(ゆがみしゃ)に祭られている。地元の人々は昔から、元湯付近を「温泉場」と呼ぶという。昨年は中止されたが、例年、秋保温泉夏祭りでは、笛や太鼓の伴奏で地元の人と観光客が一緒になって昔ながらの秋保音頭を楽しめる。
秋保温泉から秋保大滝に向かう道中には、平安初期の蝦夷(えみし)平定の折、征夷大将軍の坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が熊野神社を祭ったのが始まりという「秋保神社」が立つ。秋保神社は勝負の神として、著名なスポーツ選手などが訪れることで知られている。秋保神社の近くには、芋生川と名取川が合流する沢に架かる「小滝沢橋(眼鏡橋)」と、白い大岩壁が続く「白岩」と呼ばれる景観が見られる。磊々峡と並ぶ、秋保の石の景勝地だ。
奇岩の里・秋保には、ほかにもいくつもの石の名所がある。「石神」という地名の由来にもなった「疱瘡神(ほうそうがみ)」は、ごつごつとした岩肌から皮膚病平癒を願う人々に崇拝された歴史を持つ、高さ4mを超える巨岩だ。桜の名所として知られる羽山橋の下流にある羽山七社では、御神体として崖の上の大岩を祭っている。国指定名勝の「磐司(ばんじ)」は、高さ80mから150m、約3kmわたってそそり立つ雄大な岩壁で、秋保を代表する絶景の一つとして知られている。
秋保には石の採掘場もある。秋保石は、秋保の特産品で、建材として仙台で多用されている。石としては含有孔虫浮石質角礫(がんゆうこうちゅうふせきしつかくれき)凝灰岩というもので、軽量で水を吸収しにくく、耐久性があることから、門や敷石に使われているらしい。大正期には、採掘が間に合わないほどの活況を呈した。今も少量ながら採掘が続けられている。
温泉の町、石の町として栄えた秋保は、現在、仙台都心に近い自然豊かな景勝地として若者の注目を集めているという。もともと工芸が盛んな地であったこともあり、気鋭の作家が移住し、洗練されたカフェやショップが急増中だ。温泉につかった後は、自然を眺めながらジェラートやコーヒーを楽しむこともできる。
悠久の時を超え、今なお多くの人々を引きつける温泉郷、秋保。首都圏から最短2時間というアクセスの良さを生かし、水と巨岩の雄大な自然と名湯に、心身を洗いに訪れてみてはいかがだろう。
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※『Nile’s NILE』2024年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています