2025年 京都モダン建築祭 後編
京都の街と人が育む物語をひも解く

11月1日から9日まで開催された「京都モダン建築祭」を前後編で紹介。129件が参加し、普段は見学できない貴重な建築も多数公開された。後編では、戦災を免れ、当時の京都の文化や生活を映し出すような昭和期の建築群を中心に紹介したい。

Text Koko Shinoda

11月1日から9日まで開催された「京都モダン建築祭」を前後編で紹介。129件が参加し、普段は見学できない貴重な建築も多数公開された。後編では、戦災を免れ、当時の京都の文化や生活を映し出すような昭和期の建築群を中心に紹介したい。

京都大学人文科学研究所分館(旧東方文化学院京都研究所)撮影:便利堂

戦前の京都は、昭和天皇の即位礼にふさわしい、古の都の風格を備えていた。華やかな花街文化が隆盛を極める一方で、モダンな芸術も登場し、優れた近代建築が建ち並び、街のインフラも整備されていった。京都ならではの艶やかな都市文化が咲き誇った時代である。しかし、世界恐慌や日中戦争の影響を受け、雅の都にも失業者が増え、軍事色が強まっていく。茶屋や料亭も次々と閉店に追い込まれていったが、幸い京都は戦災被害が少なく、街はほぼそのままの姿を留めることができた。

戦後、多くのモダン建築が一時進駐軍に接収され、活用されるとともにアメリカ文化の影響も強まった。花街や伝統工芸は衰退しつつあったが、高度成長期の波のなかで住宅や公共施設・設備の復興が進む。モダン建築の多くは良好な状態で残されていたため、取り壊されることなく改修を経て生まれ変わり、用途を変えながら今日まで活用されている。

その後、古都観光が人気となり、社寺や古い街並みに惹かれて多くの旅行者が京都を訪れるようになった。一方で、モダン建築は長らく専門家以外からは注目されなかった。しかし、2000年頃から建築史研究や保存運動が進み、京都モダン建築祭をきっかけに広く一般の関心を集めるようになった。

本建築祭実行委員長であり、京都工芸繊維大学准教授の笠原一人氏は、「商業都市・大阪で活躍したのは、利益を生みだす建築を目指そうとするアメリカの影響が強い建築家だったが、京都のモダン建築をリードしたのは、プロフェッサー・アーキテクトと呼ばれる大学などの教員を務める建築家だった。彼らは利益を顧みず、ヨーロッパ由来の最先端の理論を追求した。それは学術都市・京都ならではのものだったと言える。都市の性格の違いが、建築のつくり方にまで影響する」と話す。

ドイツの哲学者であるヘーゲルが「芸術はその時代の精神を表現するものであり、建築はその最初の、もっとも外的な形態である」と記しているように、当時の京都の都市文化と生活を知らしめるような昭和期のモダン建築を紹介したい。いけずな京都とはまた別の姿が垣間見えてくるだろう。

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    先斗町歌舞練場
    京都五花街を代表する先斗町の中心に位置するランドマーク的な劇場。劇場建築の名手、木村得三郎によって1927(昭和2)年に完成。外壁には、スクラッチタイルやなまこ壁風レリーフタイル、守り神の鬼瓦などが見られる。芸妓・舞妓による華やかな舞台だけでなく、多目的に活用。2011年には「市民が選ぶ文化財」に選ばれた。映画『国宝』にも登場。
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    京都大学人文科学研究所分館(旧東方文化学院京都研究所)
    1930(昭和5)年竣工。外務省が義和団事件の賠償金で、東方文化学院京都研究所として建設。設計は東畑謙三。西洋修道院建築に東洋的要素を融合させた独特のスパニッシュ様式を取り入れている。漢籍20万冊以上を収蔵する大書庫を核とする歴史的研究施設で、1949年に京都大学人文科学研究所の分館となった。国登録有形文化財。撮影:便利堂
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    重信会館
    1930(昭和5)年、田代重右衛門が喜寿の記念として建設され、東本願寺に寄進。後に学生寮にも活用されたが、2001年に閉鎖。時折文化催事などで公開される。左右対称のアールデコ様式で、内部は東西の意匠が生かされている。鉄筋コンクリート造4階建てで、全壁面を覆う蔦が風情を醸し出す。
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    京都工芸繊維大学
    京都工芸繊維大学では、モダニズムの先駆者である本野精吾が設計し1930年に竣工した3号館、同年竣工の門衛所、1916年に建築家の武田五一が設計した和楽庵が公開。写真の和楽庵は大正期に建てられた旧稲畑勝太郎邸洋館で、建築家の武田五一による設計。大学創立70周年記念として2021年に移築された。今は時折、イベント・ホールとして使用。
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    大丸ヴィラ
    1932(昭和7)年、大丸百貨店第11代社長・下村正太郎の私邸としてウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計。木材の骨組みを見せたレンガ積みの外壁など、英国チューダー様式が特徴的な洋館。館内には幾何学模様の天井、暖炉などが残されている。大樹に囲まれた裏庭が昔ながらの静かなたたずまいを見せる。重要文化財。
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    京都復活教会
    1935(昭和10)年にウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した白亜のゴシック様式教会で、復活幼稚園が礼拝堂と一体的に建設されている。尖頭アーチ窓や透かし彫りが特徴。現在も日本聖公会京都教区の拠点であり、日曜礼拝や地域の集いの場となっている。平和塔と呼ばれる鐘楼は一帯のランドマーク的存在だ。
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    鴨沂高校
    1870年代の日本初となる公立女学校を前身に、1934(昭和9)年頃に建てられた帝冠様式の本館棟を保存改修。京都御宛の景観に合わせた風格のある外観意匠、旧九条家茶室などを残しながら、現在は名門公立高校として使用されている。最新のIT技術を導入し、地下にはプールを設置するなど、充実した設備と施設を備える。
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    堀川団地(椹木町団地)
    戦前は「堀川京極商店街」と呼ばれる繁華街だったが、防火帯造成のため建物疎開で商店街は消滅。戦後になると住宅不足と商業復興を両立させるため、1階を店舗、上階を住居とする団地が1950〜53年にかけて建設された。1980年代、京都府住宅供給公社と京都大学が連携し、「アートと交流」をテーマにリノベーションで再生。住居部は今も賃貸されている。
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    丸福棲
    1889年創業の任天堂(旧社名丸福)旧本社社屋。昭和初期に建てられた倉庫棟・住居棟・事務所棟などを改修し、2022年に安藤忠雄設計監修の新館とともにホテルとして開業。スイートを含む18の客室、レストラン「天ぷら まるふく」、ラウンジバー、任天堂の資料などを集めたライブラリーなどがある。
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ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「Nileport」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。