源氏物語とお菓子の甘い話

Photo Satoru Seki  Text Hisashi Kashiwai
清浄歓喜団
奈良時代、遣唐使が仏教とともに日本へ持ち込んだ唐菓子の一種「団喜」。現在は、亀屋清永(かめやきよなが)で「清浄歓喜団」の名で販売されている。仏教で言う「清め」の意である香を七種入れて包み、八つの結びは八葉の蓮華を表す。形は金袋になぞらえており、胡麻油で揚げてある。
亀屋清永 京都市東山区祇園石段下南 TEL075-561-2181 www.kameyakiyonaga.co.jp

源氏物語が千年紀を迎えた5年ほど前、この物語が記された当時はどんなものを食べていたのか、と調べたことがある。

有職料理の店や、長い歴史を持つ茶懐石の店などを訪ねてみたが、明確な答えは得ることができなかった。食にまつわる記述が少ないせいだろうと思う。

同時期の文献をひもとき、恐らくはこんなものだったのでは、と茶懐石店の主人が再現してくれたのは、乾物を多用した料理だった。それは当然のことであって、冷蔵技術など皆無の時代に、保存力を高めようとすれば、腐敗の元となる水分を徹底的に除くしかなかったのだ。鮑や海老、鯨肉などの馳走を一旦干物にして、それを水で戻し調理する。ずいぶん手間暇の掛かる料理法だった。

それは甘味とて同じことで、乾物が主。今も残る京菓子の「清浄歓喜団」などがその典型だろう。奈良時代に仏教と共に、遣唐使が日本に持ち帰ったと伝わる〈唐菓子〉の一種。杏や柿、栗などの実を甘草などの薬草で香り付けしたもので、金袋の形をなぞり、結び目を八つにして、八葉の蓮華を表しているのだそうだ。

食べてみると、今様の柔らかい菓子と違って、とにかく固い。バリバリと固い皮に包まれた餡は控えめな甘さ。口の中にはお香の匂いが残る。この辺りが神饌菓子たる所以だろう。油で揚げてあるせいで、手触りはぬるりと滑る。当時は完全に水分を抜いて作ったのだろうが、今の時代にそんなことをすれば歯が欠けてしまうかもしれない。

これが日本最古の菓子かと言えば、そうでもないようで、先の菓子と同じく、京都の菓子屋に今も残る「唐板」を魁とする説が有力。これもその名が示すように、唐から伝わったもの。パリッとした食感、ほのかな甘みという点では「清浄歓喜団」と共通している。

さて、これらの唐菓子は和菓子の原型とはいえ、今の和菓子とは大きく様相が異なる。しっかりとした甘みがあり、歯に障らない柔らかさを持ち、かつ長い歴史を持つ菓子と言えば「あぶり餅」の名が挙がる。

大徳寺にほど近い、今宮神社の境内に、向かい合って構える2軒の店は、日本最古の和菓子屋と言われる。

いずれが本家か元祖かはさておき、どちらの店で食べても、さほど味は変わらない。竹に刺した親指ほどの餅にきな粉をまぶし、炭火で炙った後に、白味噌ベースのタレを絡める。程よい甘さと口当たりの良さで、幾つでも食べられそうだ。

世を挙げてのスイーツブーム。和菓子までもが〈和スイーツ〉などと呼び替えられ、洋菓子モドキの和菓子が氾濫する様に眉をひそめる向きも少なくない。ただ、洋も和も、菓子のルーツは果物や木の実だったという共通点はある。

日本に唐菓子が伝わったことで、果物は水菓子と呼ばれるに至ったのだが、同じ甘味でも、果物と菓子が根本的に異なるのは、自然のものと人の手が加わったものということ。それ故、平安の昔から、さまざまに工夫を凝らし、季節を象り、今に至る和菓子を作り上げてきたのである。

阿ぶり餅
阿ぶり餅は、親指大の餅片を12㎝ほどの細く割った竹串に刺し、炭火であぶって、きな粉と混ぜた白みそをつけたもの。994(正暦5)年、一条天皇の時、疫除けの意味で神前に供えたのが始まり。1000(長保2)年創業の茶店・一和(いちわ)は、今宮神社前で代々「阿ぶり餅」を販売している。
一和 京都市北区紫野今宮町69 TEL075-492-6852 

――椿もち餅ひ 、梨、柑子やうの物ども、さまざまに、箱のふたどもに取り混ぜつつあるを……――

源氏物語。若菜上の巻に記された椿餅こそが、今の和菓子に最も近い原型だと思われる。

二枚の椿の葉で餅を挟んだだけのものだったろうが、食用ではない葉を用いる辺りが日本人ならではの感性だと言える。季節とは無縁の唐菓子から、季節と密な繋がりを持つ和菓子への転換点が椿餅。今も初春の和菓子として作り続けられている。

更には桜餅、柏餅など、葉っぱで餅を包んだ菓子は、その季節を表す和菓子として人気を集め、唐菓子からはとうに脱却し、かつ洋菓子とは全く異なる変化を遂げた、象徴的な和菓子でもある。

古くから人類は、空腹を満たすための食料以外に、甘味という食を求めてきた。それはきっと生命を維持する目的ではなく、心を満たすために味わってきたのだ。ならばそこに、季節をも映し出そうとしたのは、日本人の感性をもってすれば当然のこと。モノのルーツを探ると、その発展過程、今に至る理などが、くっきりと浮かび上がってくる。1200年という長い時間を掛け、隣国から伝わった菓子を昇華させた和菓子は、日本の誇りである。

※『Nile’s NILE』2013年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

ラグジュアリーとは何か?

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