鳥取駅から歩いて5分ほど。商店が立ち並び車の行き交う大通り沿いに突然、趣のある建物が現れる。ここは国内外の民藝品を展示する「鳥取民藝美術館」だ。白壁に茶色の津ノ井瓦をふいた建物は、昔の衣装蔵を改築したものだという。繁華街の近代的な風景の中、「民藝コーナー」と呼ばれるこの一角は街の中でも独特の風格をまとう。この鳥取民藝美術館を開設したのは、地元出身の民藝運動家であり、鳥取の民藝を支え世間に広めた吉田璋也である。
1898（明治31）年、鳥取市で医師吉田久治のもとに生まれた璋也。自身も医師を志し、1917（大正6）年に新潟医学専門学校（現・新潟大学医学部）に進学する。在学中に白樺派の文化活動に共感した彼は、勉学に励む傍ら雑誌「アダム」を創刊し、白樺派の面々とも交流を持ち、民藝運動の父と呼ばれる柳宗悦との出会いを果たした。
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1959（昭和34）年に建立された「童子地蔵堂」は、市内で無縁仏となっていた地蔵を集めて安置したもの。小さな窓には色とりどりの平板がはめてあり、太陽の傾きによって変化を見せる。 -
格子の模様が特徴的な、鳥取民藝美術館の内部。美術館では日本を始め中国、朝鮮半島、西欧など約5000点の民藝品を収蔵している。 -
陶器から家具、建築物まで、自身がデザインした作品を数多く残した吉田璋也。どれも奇をてらわず、機能と使いやすさを重視したものばかりだ。1972（昭和47）年に74歳で逝去。写真提供／鳥取民藝美術館
民藝運動とは、1926（大正15）年に柳宗悦らによって提唱された生活文化運動のこと。庶民が日常的に使用する生活用品を「民藝」と名付け、民藝品にこそ本質的な美が備わっていると呼びかけた。柳宗悦は民藝品を「実用性・無銘性・複数性・廉価性・労働性・地方性・分業性・伝統性・他力性」と定義し、豪華な作家作品ではなく一般庶民の普段使いの品々に宿る健康美を説いた。
吉田璋也の歩みに戻ろう。柳宗悦の民藝運動に共鳴した吉田は、1931（昭和6）年に鳥取へ帰郷し耳鼻咽喉科医院を開業した後、本格的に活動を開始する。きっかけは町の陶器屋で見つけた五郎八茶碗で、その素朴でどっしりとした風合いに心引かれた吉田は、窯のある牛ノ戸の寒村を訪ね、昔ながらの手法を守りながら現代生活に合った器を作らせる取り組みを始めた。
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牛ノ戸焼の「緑釉黒釉染分皿」は、吉田の新作民藝の最初の傑作。そのデザインには装飾が少ない。 -
英国のホーム・スパンの毛糸のネクタイを手本に屑繭で紡いだ（ニニグリ）糸で作った「ににぐりネクタイ」。 -
「挽物七味入れ」は美しい木目を生かした面白く使いやすそうなデザイン。制作年代、デザイン不詳。
吉田は自ら考案したデザインを作り手に作らせるという、現代でいう“デザイナーと職人のコラボ”の先駆けを実践した。活動は焼き物にとどまらず、染織、木工、金工、竹工、和紙へと広がった。染織では織物が得意な老婆を1年間自宅に雇い、技術を習得させたうえで村に戻しリーダーとして女性たちに技術を広めさせるなど、産業育成にも取り組んだ。
鳥取特有の環境も追い風となった。自然素材が豊富だったこと、江戸時代に姫路や岡山から御用職人が移り住み技術が継承されていたことなど、土地の成り立ちが活動の発展を支えた。
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1932（昭和7）年に作られた「伸縮式中折傘木製電気スタンド」は、吉田のデザインの中でもロングセラー。 -
牛ノ戸焼の伝統を受け継ぎながら、たっぷりとした白い釉薬をかけ、低く安定感のあるデザインは用の美だ。 -
黒地に白の模様が美しく入った「黒釉地白模様大鉢」は、中井窯のもの。昭和30年代ごろ制作された。
新しい作品が次々と生まれると、次に必要なのは販売場所だ。吉田は「いい品物を造ると共にその使い手を養成しなくては新興民藝は生長しない」と述べ、1932（昭和7）年に「鳥取民藝振興会」を設立し、「たくみ工芸店」を開店。翌年には東京・西銀座に東京店を出店し、地方から中央へと販路を広げた。この店は現在も「銀座たくみ」として営業している。
その後、軍医として中国に渡った吉田は1947（昭和22）年に帰郷し、「鳥取民藝協団」「鳥取民藝協会」を次々と設立。1949（昭和24）年には「鳥取民藝美術館」が創設され、1958（昭和32）年に耐震耐火の美術館として新築された。これが今も残る白壁と浅ノ井瓦の建物である。
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中国の椅子をもとにデザインした「曲木肘掛応接椅子（民賞椅子）」。畳擦りをやや曲げる工夫がある。 -
竹製のハンドバッグは、今持っていても、何の違和感もない普遍的であり、前衛的なデザインだ。 -
果物ナイフ（上）とパン切りナイフ。中国の青竜刀のデザインをモチーフとしている。
さらに1962（昭和37）年、美術館隣に「たくみ割烹店」をオープン。吉田は「民藝品を使用する機会の多い食事の場で、生活して美を味わう」と語り、民藝品を陳列するだけでなく実際に使われる姿を見せる“生活的美術館”をつくった。料理には民藝的要素を持たせ、吉田考案の「牛肉すすぎ鍋」（鳥取和牛のしゃぶしゃぶの原形）を提供。民藝コーナーは、美術館・工芸店・割烹店が連動する一体的な体験空間となった。
また吉田は民藝運動だけでなく、地域の文化財保護にも奔走した。1954（昭和29）年に「鳥取文化財協会」を設立し、鳥取砂丘の天然記念物指定、仁風閣の保存、湖山池の保護などに尽力した。
驚くべきは、これらすべてを医師という本業の余暇に行っていたことだ。昼は耳鼻科医、夜や日曜に民藝や文化財保存の活動をしたのである。晩年、吉田は「私にとって民藝の心で医者の生活をしているので二兎でもなく一つなのです」と述べ、日々美に触れて暮らすことで人もまた民藝品のような生活美を帯びた存在になると信じていた。
民藝品に宿る実直で素直な美。その美しさは、自らの信念に忠実で無心であった吉田璋也の姿にも重なるのである。
※『Nile’s NILE』2016年1月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。
