天領 飛騨高山
荘厳な空気が流れる東山寺町

Photo Seki Satoru  Text Chiba Junko
(奥)雲龍寺と(手前)久昌寺。雲龍寺は720年に創建された妙観寺を1395年に再興した曹洞宗の寺院。鐘楼門は高山城二の丸にあって下付された「黄雲閣」という建物だ。久昌寺は1402年に雲龍寺の塔頭として建立され1827年に寺となった。

京都を模した城下町と寺町

高山の町の礎を築いたのは、豊臣秀吉の命を受けて飛騨を攻略した元越前大野城主・金森長近だ。信長、秀吉、家康と移り行く時の政権にうまく乗り換えた長近は、16年掛かりで高山城を築く。同時に城下町を整備し、高台に武家屋敷、下段に町人の町を造営した。道は京都と同様の碁盤の目状。歩きやすく、都市としての機能性の高さが感じられる。

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    金森氏は城の東に連なる丘陵地帯に数々の寺院を建立、移築した。これらの寺院や神社、また高山ゆかりの人物が眠る寺院の墓地などを巡る道が今の「東山遊歩道」だ。
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    (左)宗猷寺。本堂は1824年に建立された(飛騨郡代を務めた)臨済宗寺院の建物。墓地に、山岡鉄舟の父と母の墓がある。
    (右)素玄寺。2代・可重が建立した長近の菩提寺。本堂は寛永年間(1624~ 44)に炎上し、1635年に高山城三の丸の評議場が移築されたという。
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長近はまた城下町の東、市街地を見下ろす小高い山の中腹に神社2社と寺院群が立ち並ぶ寺町を築いた。東山寺町と呼ばれるここは、その名の通り、京都の東山を模したとも言われる。本能寺の変で戦死した長近の長男・長則の菩提寺である雲龍寺、二階建て楼門造りの山門に東山伽藍の風情漂う大雄寺、長近の菩提寺である素玄寺、裏手に山の傾斜を利用した庭園がしつらえられた宗猷寺……各寺社を結ぶ4㎞ほどの石畳の遊歩道を歩くと、荘厳な空気の中で心が浄化されるようだ。

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    上三之町
    高山市の中心部を流れる宮川の東部は伝統的建造物群保存地区。江戸時代の面影を映す商家や町屋、寺院などが立ち並び、今も活気のある「古い町並」を形成する。高山祭の屋台を収納する屋台蔵があるのもこの地区だ。
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    上之町の石川薬局。建物といい、昔ながらの生薬を前面に出した仕立てといい、“江戸時代の
    薬屋さん”を彷彿とさせる。
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    今でも市販されている「白光」「下呂膏」などの薬の箱は奥田又右衛門膏本舗のもの。この奥田家の秘薬を世に出したのが奥田又右衛門だという。
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    観光客でにぎわう上三之町の古い町並にたたずむ産婦人科の岩佐医院。この辺りには周囲の景観に合った歯科などもある。
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    平瀬酒造は約400年の歴史ある蔵元。酒名の由来は「薬玉」。邪気を払う願いを込めて、「久壽玉」の字が当てられたとか。
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飛騨牛に沸く高山の町

寺町から町の中心部に戻ると、空気が一変する。古い町並と、そこにあふれていたであろう商人・町人たちの活気がそのまま観光資源となり、昔ながらの町屋造りの建物は…177年間、25代の代官・郡代が江戸から派遣されてきた。それは同時に、高山が城下町から商人町へと変貌したことを意味する。

さて町歩き。出発地点は、執政の拠点、高山陣屋。日本に唯一現存する郡代役所だ。会議などに使われた大広間や、郡代の住宅、年貢米の蔵、事件を取り調べる吟味所・御白州など、江戸時代の役人の仕事ぶり、暮らしぶりがうかがわれる。

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    日下部民藝館
    日下部家は天領時代に幕府の御用商人として栄えた。屋号を「谷屋」といい、後に両替商を営んだ。当時の邸宅は1875(明治8)年の大火で焼失。その4年後に完成したのが現在の建物だ。江戸時代の建築様式そのままの見事な住宅である。
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ここから宮川に架かる京風の優美な赤い橋・中橋を渡って、上三之町・下二之町の古い町並へ。町屋の大戸や老舗ののれんが連なる伝統的建造物群保存地区だ。

建物の多くは用途こそ土産物やカフェなどに様変わりしているが、観光地としてのにぎわいはそのまま江戸の風情を映すよう。中でも出格子の美しい日下部民藝館や、大黒柱やはりが圧倒的存在感を放つ吉島家住宅は、町屋造りの代表格。その力強さには圧倒される。あとは足の向くまま。どの通りに迷い込んでも、創業ン百年の商店に出合う。

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    高山陣屋
    御役所・郡代役宅・御蔵等を合わせて「高山陣屋」と称する。主要建物はそのまま地方官庁として使用されたが、1969(昭和44)年に飛騨県事務所が移転したのを機に復元修理され、江戸時代の高山陣屋の姿がほぼよみがえった。
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その中で異色と言えば、市立図書館・煥章館だろう。1876(明治9)年に建てられた尋常小学校の校舎をモデルにしたこの建物は、当時としては珍しいフランス風の建築様式だ。そんなところにも先進の技術を取り入れてきた飛騨の匠の意気を感じる。

こんなふうに高山の町を歩くと、そこここで町の成り立ちを彷彿とする情景に出くわす。ただ散策するだけで、京と江戸の文化が混然一体となった情緒に浸れる町なのである。

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    (左)精肉店の「天狗」は、洋館風の構えを持つ店舗である。
    (右)江戸時代後期の創業の姿を今に留める「料亭 洲さき」の玄関。
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    (左)飛騨は朴葉味噌(ほおばみそ)でも有名。町ではこんな、「味噌㊄溜り」の看板や古びたのれんに歴史を感じる味噌屋にも遭遇できる。
    (右)飛騨と言えば飛騨牛。町の随所に飛騨牛精肉店が点在する。写真は「肉の匠家 安川店」。
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    (左)「料亭 洲さき」の10代目女将・洲岬佳子さん。司馬遼太郎が『街道をゆく』の中で「匠の国の作品らしい気品に満ちている」と書いた土間の雰囲気にしっとり溶け込む。
    (右)ステーキやハンバーグ、煮込みなど、おいしい飛騨牛料理を供する本町のレストラン「ル・ミディ」。店内はパリの下町の雰囲気だ。
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    (左)宮川沿いには午前中、取れたて野菜や漬物、飛騨の駄菓子、民芸品などを売る朝市が立つ。
    (右)古い町屋は江名子川沿いにも随所に見られる。桜橋のたもとにある「摘翠園 野畑茶舗」は風情あるお茶の店だ。
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※『Nile’s NILE』2013年5月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「Nileport」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。