京都を模した城下町と寺町
高山の町の礎を築いたのは、豊臣秀吉の命を受けて飛騨を攻略した元越前大野城主・金森長近だ。信長、秀吉、家康と移り行く時の政権にうまく乗り換えた長近は、16年掛かりで高山城を築く。同時に城下町を整備し、高台に武家屋敷、下段に町人の町を造営した。道は京都と同様の碁盤の目状。歩きやすく、都市としての機能性の高さが感じられる。
長近はまた城下町の東、市街地を見下ろす小高い山の中腹に神社2社と寺院群が立ち並ぶ寺町を築いた。東山寺町と呼ばれるここは、その名の通り、京都の東山を模したとも言われる。本能寺の変で戦死した長近の長男・長則の菩提寺である雲龍寺、二階建て楼門造りの山門に東山伽藍の風情漂う大雄寺、長近の菩提寺である素玄寺、裏手に山の傾斜を利用した庭園がしつらえられた宗猷寺……各寺社を結ぶ4㎞ほどの石畳の遊歩道を歩くと、荘厳な空気の中で心が浄化されるようだ。
飛騨牛に沸く高山の町
寺町から町の中心部に戻ると、空気が一変する。古い町並と、そこにあふれていたであろう商人・町人たちの活気がそのまま観光資源となり、昔ながらの町屋造りの建物は…177年間、25代の代官・郡代が江戸から派遣されてきた。それは同時に、高山が城下町から商人町へと変貌したことを意味する。
さて町歩き。出発地点は、執政の拠点、高山陣屋。日本に唯一現存する郡代役所だ。会議などに使われた大広間や、郡代の住宅、年貢米の蔵、事件を取り調べる吟味所・御白州など、江戸時代の役人の仕事ぶり、暮らしぶりがうかがわれる。
ここから宮川に架かる京風の優美な赤い橋・中橋を渡って、上三之町・下二之町の古い町並へ。町屋の大戸や老舗ののれんが連なる伝統的建造物群保存地区だ。
建物の多くは用途こそ土産物やカフェなどに様変わりしているが、観光地としてのにぎわいはそのまま江戸の風情を映すよう。中でも出格子の美しい日下部民藝館や、大黒柱やはりが圧倒的存在感を放つ吉島家住宅は、町屋造りの代表格。その力強さには圧倒される。あとは足の向くまま。どの通りに迷い込んでも、創業ン百年の商店に出合う。
その中で異色と言えば、市立図書館・煥章館だろう。1876(明治9)年に建てられた尋常小学校の校舎をモデルにしたこの建物は、当時としては珍しいフランス風の建築様式だ。そんなところにも先進の技術を取り入れてきた飛騨の匠の意気を感じる。
こんなふうに高山の町を歩くと、そこここで町の成り立ちを彷彿とする情景に出くわす。ただ散策するだけで、京と江戸の文化が混然一体となった情緒に浸れる町なのである。
※『Nile’s NILE』2013年5月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

