「メリーさんの羊」という歌をご存じのことでしょう。その歌に「雪のように白いフリース」という歌詞が出てきます。言うまでもなく「フリース」とは一頭の羊からひとつながりで採られた「羊毛」のこと。軽くて暖かく、現代のファッションの素材としても人気があります。ただし現代人が用いているフリースは、石油からつくることができますが、1万年前の昔から、羊毛は、生きている羊のからだを犠牲にして人間に与えられてきた、「生命そのもの」でありました。「羊毛」こそは、「人と羊」の長い歴史とその関係を、最初に浮かび上がらせてくれるものなのです。
ところで「メリーさんの羊」の歌では、羊毛の肌触りの良さや、美しい色への感動が、「雪のように白い」という言葉で表されています。けれども実は羊毛は、白やクリーム色にとどまらず、古代人にとって、いや、地域によっては今でも、「ゴールド」に輝き、黄金に匹敵する宝物として存在してきたのでした。
イアソンと黄金の羊毛
そのものずばり「ゴールデン・フリース(金羊毛)」の探求の物語は、ギリシア神話の英雄イアソンの冒険に示されています。
黄金の羊毛を求めての、黒海の東への旅。彼が探し出して祖国に持ち帰らねばならない金羊毛は、特別の来歴をもっていました。すなわちギリシアの北のテッサリアで、王から離縁されたお妃が、我が子を逃がすときに、神ヘルメスから与えられた金羊毛。それは魔法の絨毯のように子どもたちを乗せて、東方へ向かい、からくも男の子のみが助かったという羊毛でした。黒海の東とは、もうアジアです。金羊毛は知られざる異国で、一睡もしないドラゴンが護っている宝物となっていたのです。
イアソンは船団を組み、並みいる英雄の中から筆頭格のヘラクレス、テセウス、オルペウス、ネストルたちも加わり、アルゴスの船をしたてて乗り込み、探求の旅に出て、魔法の助けによって、遂にこれを奪い返したのでした。そしてその黄金に輝く羊毛は、ヘルメス神のもとに戻されたと伝えられています(ギュスターヴ・モロー「イアソンとメディア」1865年)。
この神話が語っているのは羊の毛が「ゴールド」、「黄金」と同じように価値をもち、また美として崇められていたということです。それは驚くべきことではありません。「羊と人間の関係」は、太古から深く長く続き、今でも文明や地域によっては「羊」がいなければ、人は生きていけないほどなのです。
遊牧民は「羊」の肉から脂肪分をたっぷり摂取でき、寒さをしのぎ、命を護る衣服や住空間のために、羊毛を活用してきました。およそ1万年も前からメソポタミアあたりで家畜化が進んでいましたし、また「未」という漢字があるように中国でも古くから飼育されていました。「羊」と人間との最初の深い関係は、モンゴル、中国、インド、中央アジア、西アジア、中近東、地中海地方にまで広がっていたのです。
それらのどの民族も文化も「羊」を尊重してきましたが、なかでもこの動物を、際立って、信仰にかかわるシンボル、象徴としてきたのが、キリスト教(およびユダヤ教)文化の人々でした。