「鬼」と聞くと、何をイメージするだろうか。誰もが知る『桃太郎』で描かれる乱暴者の鬼は人々の平穏な暮らしを脅かす悪の象徴であり、節分に豆をまいて追い払う鬼は自分自身のなかにあるマイナスの感情だという考え方がある。
一方で、秋田の伝統行事では鬼のような形相をしたナマハゲが実は神の使いであり、小学校の教科書にも採用された『泣いた赤鬼』では人間と友だちになりたい心優しい鬼が登場する。怖い鬼、悲しい鬼、愛すべき鬼……多様な顔を持つからこそ、古来、鬼は日本の歴史のなかで多くの役割を担い、さまざまなかたちで語り継がれてきた。ここまで日本人の暮らしになじみ深い架空の存在は、ほかにいないのではないだろうか。
そんな鬼の姿は、江戸時代の浮世絵にも数多く登場する。今回着目するのは、天才絵師と呼ばれた葛飾北斎が描いた鬼だ。生涯をかけて森羅万象を描こうとした北斎だからこそ、鬼は心をそそる題材だったのであろう。北斎が鬼をどのように捉え、どのように表現してきたのか、その発想力や表現力に迫る希有な機会が訪れた。
北斎や彼の門人が描いた約145点の鬼の浮世絵が、特別展「北斎 百鬼見参」として、すみだ北斎美術館に集結する。
展示は、江戸時代の人々が鬼をどのような存在と考えていたかをひもとく「鬼とは何か」の章からスタートする。中国から伝わった「鬼」という漢字は死霊を意味し、日本でも壮絶な恨みを抱いて亡くなった人が「冤鬼(えんき)」となるという考え方がある。北斎が挿絵を描いた読本(よみほん)『近世怪談 霜夜星』では、死後に冤鬼となった妻が鬼女のような形相で夫に襲いかかる場面が描かれている。