NHKスペシャル「新ジャポニズム」第3集・日本食の中で、2000年代のガストロノミーを牽引した「エル・ブジ」フェラン・アドリアが語っていた——「日本食は我々の料理を進化させました。今から5年後、10年後は間違いなくもっとその精神性を取り入れているでしょう」。興味深くはあるが、それはむずかしいだろうと思う。食も精神も、気候風土とそこに生きる人間の身体性の上に築かれる、と私は考えるからだ。
国土の7割近くを森林が覆い、海と山が接近した地形。至る所に川が巡り、潤沢な水。筆舌に尽くしがたい夏の空気の湿潤さ。そういったものが知らず知らずに精神を養う。スタイルやメソッドならまだしも、住まわずして精神性は会得し得まい。
利賀村の清冽な空気を映し出し、動植物の気配が立ち上るほどにみずみずしい生気を湛える写真と文字をたどっていると確信する。用いているのがたとえフレンチのテクニックだとしても、ここにはとびきり鮮烈な日本の食が存在している、と。
土地に根差すとは心身を土地に溶け込ませることと谷口さんは記す。山菜を手に入れるために深夜に山に入り、ほぼ毎日往復3時間かけて富山湾の魚を仕入れ、大雪の時期は毎日自分たちで広範囲の除雪をする。「冬は始まりの季節。(中略)—冬春夏秋—という季節のとらえ方が、私たちにはしっくりきます」「イチジクの香りがもっとも感じられるのは『秋の畑の温度帯』」といった文言は、彼らのクリエイティビティがまさに風土と身体性の上にあると教えてくれる。
L’évoが『ミシュランガイド北陸2021特別版』で二つ星とグリーンスターを獲得した時、「イノベーティブ」に分類された。évolutionを掲げるのだから何の不思議もないけれど、谷口さんが本書で語る言葉を読むと、「イノベーティブって何だろう?」とも思うのだ。「“自分らしさ”や“創造性”をあえて意識することは少なくなりました。というのも、とくに移転以降は、ジビエも魚も山菜も、ここでなければ手に入れられない新鮮なものに毎日大量にふれているので、おのずとほかにない料理がうまれるという自負があるからです。(中略)自分は富山に育てられ、富山が新しい料理をうみだしている、ということです」
自分を自然の一部と捉える思考。それこそが日本の精神性であり、進化の源泉ではないか。
君島佐和子 きみじま・さわこ
フードジャーナリスト。2005年に料理通信社を立ち上げ、06年、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブフードマガジン『料理通信』を創刊。編集長を経て17年7月からは編集主幹を務めた(20年末で休刊)。辻静雄食文化賞専門技術者賞選考委員。立命館大学食マネジメント学部で「食とジャーナリズム」の講義を担当。著書に『外食2.0』(朝日出版社)。
君島佐和子 富山の自然に溶け込んで
料理を生み出すシェフの記録
本の食べ時 第15回
本の食べ時 第15回
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