谷口英司著/グラフィック社/2025年8月刊/3,960円
ジャパンタイムズが、日本人の目線で選ぶ、日本の地方に特化したファインダイニング・リスト「Destination Restaurants」を立ち上げたのは2021年のことだった。東京23区と政令指定都市を選出対象外としたのは、より日本の深部へ、大動脈よりも毛細血管の巡る地方へ目を向けよとの意図だろう。「ローカルガストロノミー」という言葉の登場が2017年。地方に拠点を置き、土地に根差した表現を志す料理人が台頭し始めた背景もある。その第1回目のRestaurant of the Yearに輝いたのが本書の「L’évo(レヴォ)」であった。
L’évoは富山県南砺市利賀村の山深くに位置する。かつての集落の長らく無人となっていた一画に、オーナーシェフ谷口英司さんは、山から水を引き、レストランと3棟の宿泊施設、サウナ、パン小屋、菜園、ジビエ解体施設まで備えるオーベルジュをつくり上げた。序文でフーディーの浜田岳史さんが「料理界のフィールド・オブ・ドリームス」と書いているが、その喩えがなんとしっくりくることか。
シェフを務めて評価を得ていた店を買い取り、L’évo(évolutionに由来する)としてスタートしたのが2014年。自己資金300万円ながら約6億円(!)の融資を得て現地へ移転したのが2020年。フィールド・オブ・ドリームスはいかにして出現したか、そこではどんな営みが繰り広げられるのか、料理はどのように生み出されるのか、本書でつまびらかにされる。
「つくりたいのは、料理ジャンルすらも取り払って、富山の自然の中で自由な発想からうまれる『富山を表現する料理』。それを実現し、発信する最良の場所として、富山の中で手つかずの自然が残っている場所を選びたいと考えました」——この一文にシェフのヴィジョンは集約される。「2014年のL’évo立ち上げ時は『前衛的地方料理』というコンセプトを掲げていました。(中略)立ち上げから6年が過ぎたタイミングでの移転を経て、今はもう『前衛的地方料理』とはうたっていません。ただシンプルに、『ここでしかつくれない料理』を深めていきたいと思っています」

