本書の刊行に先駆けて、フードカルチャー誌『RICE』のWEB版で「クラッシュカレーの旅」と題するエッセイを2024年9月から連載している。これが秀逸。ワークショップやイベント登壇の依頼が引きも切らない水野さんは、ある時期から行く先々でクラッシュカレーを作るようになった。石臼を携え、現地で入手した食材を叩いて香り玉を作り、カレーに仕上げる。その様を“石臼・叩き旅”と名付けて報告するのだが、回を重ねるにつれ、思索の旅へと変化していくのだ。出色は2025年8月公開の第12回「誰が為に石臼は鳴るのか?」。自分のことばかり考えてきた我が身を反省し、人のためになる活動をしていこうと決心した水野さんは、カレーが煮える待ち時間に考えた。石臼は香り玉を作る道具。つまり香り玉のお手伝いをしている。香り玉を炒めるのに活躍するココナッツミルクも香り玉のお手伝いをしている。鍋の中では夏野菜をおいしくするために香り玉がお手伝いの側に回っている。「クラッシュカレーとはお手伝いの連鎖が生んだ作品と言えるのではなかろうか」。
これを読んだ私は近年注目されている「ケアの倫理」という概念を思い出した。ケアとは、家族、関係者、食べ物、道具、場所、環境など、社会を構成する構成員とその共同体にとって協働的な作業。人間だけを行為主体と見る世界像ではなく、関係するあらゆるものが互いに持ちつ持たれつケアし合う、生きた世界像という考え方だ。本書奥付の著者プロフィールに「世界を旅するフィールドワークを通じて『カレーとはなにか?』を探究している」とあるが、なるほど水野さんのカレーには深い思索が溶け込んでいるのだと思わずにいられない。
世界中を旅していると、市場の片隅に使われなくなった石臼を見つけるという。便利な電化製品に取って代わられた現実に対して、「でも、あんなにいい香りがこの世界から消えてなくなるはずはない。だからこそ、愚直に叩き潰すことで生まれるクラッシュカレーに未来を託す価値があるんじゃないか」と水野さんは本書を締めくくる。彼が見る石臼のポテンシャルは、昨今盛んに飲食店が導入を図る薪火のそれと通じる気がする。
本書発売を記念して、可愛い石臼に旅をさせる企画も誕生した。水野さん所有の石臼を使用料無料(送料のみ負担)で貸し出してくれるという。石臼に目覚める絶好のチャンスだ。
君島佐和子 きみじま・さわこ
フードジャーナリスト。2005年に料理通信社を立ち上げ、06年、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブフードマガジン『料理通信』を創刊。編集長を経て17年7月からは編集主幹を務めた(20年末で休刊)。辻静雄食文化賞専門技術者賞選考委員。立命館大学食マネジメント学部で「食とジャーナリズム」の講義を担当。著書に『外食2.0』(朝日出版社)。

