
(右)センターからの時、分、秒針に、4時位置にパノラマデイト、10~11時位置にムーンフェイズを搭載したクラシカルなモデルに新色ダイアルが登場。グレイン仕上げとガルバニック処理によるフロステッドシルバー(写真)のほか、フロステッドカッパーも用意。「セネタ・エクセレンス・パノラマデイト・ムーンフェイズ」自動巻き、ケース径40㎜、SSケース×アリゲーターストラップ、5気圧防水、1,771,000円。
6月上旬、ドイツ時計産業の聖地と呼ばれるグラスヒュッテを訪ねた。ここを拠点とするスウォッチグループ傘下の実力派メゾン、グラスヒュッテ・オリジナルが1845年の創業から180周年を記念し、本社マニュファクトリーから300mほどの場所にダイアルマニュファクトリーを新たにオープンさせ、そのお披露目に各国のジャーナリストが招待されたのだった。
グラスヒュッテ・オリジナルの文字盤製造は、これまで2006年に統合した、約500㎞離れたドイツ西部のフォルツハイムにあるダイアルマニュファクトリーで行われていたが、他の部門との連携の強化を目指し新ダイアルマニュファクトリーの開設を実現させた。設備の移転など、約3年を費やしたという。
ここには高級腕時計の文字盤に関する技術、すなわち文字盤の原形となるブランク製造から切削加工、研磨、インデックスの取り付け、転写印刷、サンレイやサンドブラスト、ラッカー仕上げ、電気分解でめっき加工を施すガルバニック処理……などなど、盤石の体制が整っている。またグラスヒュッテ伝統のシルバーフリクション加工も行われていた。これは、銀の微粉末に塩、水などを混ぜ、ブラシにつけて文字盤表面を手作業でこすり、梨地ふうの独特な質感のシルバーカラーに仕上げるものだ。
このダイアルマニュファクトリーに従事するのは12名。中でもスプレーを用い手作業でラッカー仕上げを行う技術者は1名のみという少数精鋭体制。一方、ガルバニック処理用の溶液槽はかなりの数がそろい、このジャンルへの注力をうかがわせた。
新ダイアルマニュファクトリーを記念するモデル「パノルナ・トゥールビヨン」も発表された。メゾンを象徴するオフセンター仕様で、ローズカラーの文字盤が目を引く。グラスヒュッテの土壌に含まれる高濃度の鉄分が酸化し、赤みがかった色合いとなった「アイゼンエルツ」を着想源としている。 時分表示部分には、繊細な同心円状のレコード装飾、その外側にはレーザーによってマットに仕上げられ、さらにガルバニック処理でこの美しいカラーが実現された。パノラマデイトの枠や、ブルーに仕上げられたインデックスは18Kホワイトゴールド製。ムーンフェイズには、星をちりばめたディスクがきらめく。ダイアルマニュファクトリーの技術力の成果を、細部に至るまで 存分に堪能できる。
そして6時位置にはフライングトゥールビヨンを配置。このキャリッジの研磨作業も、本社マニュファクトリーのポリッシング部門で目の当たりにした。熟練技術者が年季の入った研磨ツールを用い、一つを仕上げるのに半日を要するという。また、同じ部署内でグラスヒュッテ伝統のゴールドシャトンの取り付け作業も行われていた。社歴41年、つまりグラスヒュッテ・オリジナルの前身であるGUB時代から勤めるベテラン技術者が、この作業に当たっていたことにも驚かされた。
CEOのローランド・フォン・キース氏に、今後の展望を聞いた。彼は時計師としてキャリアをスタートさせ、ブレゲのヴァイ スプレジデントから2018年に現職となった人物。
「ヘリテージと人材、これを大切にしながらもの作りを進めていくことは、これまでと変わりありません。今後はコンプリケーションにも注力したい」
彼の前職のブレゲに象徴されるギョーシェ装飾が、最近注目を集めているが? 「ギョーシェはブレゲに任せ、我々は独自のヘリテージを反映したものに取り組みたい。例えばマイセンとコラボした磁器ダイアルなどもあり得るでしょう」
遠からず新ダイアルマニュファクトリーの技術力を生かした刺激的なカラーのモデルも発表予定だとか。新時代を迎えたグラスヒュッテの名門の動きに注目しておきたい。
まつあみ靖 まつあみ・やすし
1963年、島根県生まれ。87年、集英社入社。週刊プレイボーイ、PLAYBOY日本版編集部を経て、92年よりフリーに。時計、ファッション、音楽、インタビューなどの記事に携わる一方、音楽活動も展開中。著者に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』(小学館)、『スーツが100ドルで売れる理由』(中経出版)ほか。
※『Nile’s NILE』2025年8月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています