消えた食

食語の心 第136回 柏井 壽

食語の心 第136回 柏井 壽

おなじ現象は日本産のウイスキーでも起こった。異常な高値が付き、日本国内の売り場から姿を消したという点では抹茶とおなじだ。その真の価値を認めて、というなら分からなくもないが、ただ人気が高いからという理由だけで、金にあかして買い占める。

かくなる下品な行為が横行する原因のひとつに格差社会が挙げられる。投資だかITだかよく分からないが、一獲千金を果たした人たちが、こうした行為に加担するケースはけっして少なくない。

その典型とも言える、消えた食が花山椒。毎年桜が散ったころに出始める花山椒は、春から初夏への橋渡し役として、食の風物詩ともなっているのだが、年々高騰を続け、とうとう今年は100g数万円などという、とんでもない価格で売っている店があると聞き、憤りを超えてあきれ果ててしまった。

なぜそんな高値が付くかと言えば、自称美食家たちが、こぞって花山椒を食べた自慢をするからである。

予約困難を売りにする東京の割烹では、花山椒に和牛を合わせた料理が人気で、それを食べてSNSに証拠写真を投稿しないと、美食家として肩身が狭いらしい。

それゆえどんな高値であってもかまわないから、と予約すると聞いた。

採れる場所も時期も限られているから、市場に出回る量はごくわずか。激しい争奪戦になり、価格が異常なまでに高騰するのは明らかだ。

このとばっちり食うのが、旬の味を愉しみにしていた都人。わずかな量をつつましく食べていたが、それもかなわなくなった。農家が高値で売れる東京へ出荷してしまうからだ。

こうして花山椒までもが京都から消えてゆく。

今さえ、自分さえよければ、札びらを切ることをいとわない。そんな拝金主義が蔓延していることを憂うばかりだ。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2025年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

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ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「Nileport」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。