
新聞1面下段書籍広告の『酒を主食とする人々』という書名に思わず目が止まった。サブタイトルにある「科学的秘境」も気になる。とどめがコピーの「朝、昼、晩、大人も子供も妊婦も酒を飲み続け、健康な民族がいた!」。だとしたら、それは科学の常識―世界保健機関(WHO)はアルコールの害について警鐘を鳴らす―を超えている。確かに「科学的秘境」に違いない。本を入手すると、表紙に写っているのは子供、日本でなら小学生とおぼしき年頃だ。あどけない彼らが酒を飲む⁉「本当にそんなことがありえるのか?」という帯の文言そのままの興味に突き動かされてページをめくった。
著者の高野秀行氏は、講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞、植村直己冒険賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞など受賞歴豊富なノンフィクション作家。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も書かない本を書く」をモットーとして世に送り出した著書は30冊を超える。筋金入りのキャリアに裏打ちされた探訪記は、半信半疑の私を瞬く間に秘境へと連れて行ったのだった。
主な舞台となるのは、エチオピア南部、ケニアとの国境近くの高地デラシャ。デラシャの人たちは家ごとに自家製する「パルショータ」という酒を一日に5リットルも飲むという。
パルショータの主原料はソルガム(蜀黍(もろこし))で、造り方は複雑だ。ソルガムがパルショータになるまでには何段階かの発酵工程があり、その展開法は味噌(みそ)を連想させるらしい。
朝に晩にパルショータ、外出から帰ればパルショータ、来客にもパルショータ。「パルショータは主食であり、お茶であり、酒でもある」と高野氏は書く。固形物―「ごはんとおかず」「食べ物と飲み物」「酒とつまみ」といった既成の分類ができず、「酒と固形物」という分類にならざるを得ない―としては主にソルガムの粉の団子が添えられる、ソルガム尽くしだ。