北欧の伝統的なパンに宿る未来性

本の食べ時 第6回 君島佐和子

本の食べ時 第6回 君島佐和子

本の食べ時 第6回 君島佐和子、北欧の伝統的なパンに宿る未来性
『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』
くらもとさちこ著/誠文堂新光社/2024年5月刊/2,860円

12月、我が家の食卓には3軒のロブロが並んだ。北海道帯広市「加納製パン」、京都市左京区「圓田」、香川県さぬき市のカフェ「ジャンキーノンキー」、いずれもフィロソフィーが明快で個性的な店ばかり。食材の生産者との関係を重視し、環境に負荷をかけない、自然を尊重したパン作りを心掛ける作り手たちだ。そんな彼らが今、レパートリーに加えるのがロブロ、デンマーク発祥のライ麦パンである。

ライ麦全粒粉、塩、水をライサワー種で発酵させて焼くロブロは、黒く硬く重い。日本人好みのふわふわに膨らんだ柔らかくて滑らかな白いパンとは対照的。だが、粗めの生地はほのかな酸味としっとりした質感を持ち、かむほどに広がる滋味が奥深い。

ロブロ普及の一因が、昨春出版された『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』にあるのは間違いない。著者くらもとさちこさん直々の講習会も開かれ、この1年の間にもロブロ人口は静かに広がった。自然環境との関わりの中でパン作りを考える店ほどロブロを商品に加えるのは、未来に向けて選択すべき性質をロブロに見いだすからだ。本書では、デンマークにおける歴史的背景や食習慣を通して、ロブロが選ばれる理由が丁寧に語られる。耐寒性に優れ、痩せた土地でも肥料をあまり必要としないライ麦は、北欧の気候と土壌で育つ貴重な穀物だったこと。20世紀に入ると小麦の量産が可能になり、ライ麦の消費量は減少するものの、肥沃(ひよく)でなくとも栽培できるサステナブルな農作物である点や、ビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富という栄養的観点、廃棄の少ない全粒粉を原材料とするロス削減の観点からも、昨今、再評価の機運が高いことなど、今後の食の方向性を指し示すパンであることを印象付ける。

私自身がロブロを初めて知ったのは2019年。長野県上田市を拠点とするパン職人、木村昌之さんの取材時だった。その2年前に東京から上田に移住した木村さんは家族と過ごす時間が増え、妻が食べ残しのカンパーニュを乾パンのようにカリカリに焼いて子供のおやつにしていることを知る。その姿を見て、「自分はパンの最期を見届けていなかった。無責任だった」との思いにかられ、パンの一生を考えるようになった。「“焼いたその日がおいしい”を常識にしたくない」と焼き始めたのがロブロ。数日かけて経過を楽しみながら食べるロブロの時間のスパンの長さに着目したのだった。

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ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「Nileport」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。