メディアが発信する食の値段

食語の心 第132回 柏井 壽

食語の心 第132回 柏井 壽

食語の心 第132回 柏井壽、メディアが発信する食の値段

以前にも食の値段のことを書いたが、昨今しばしば話題に上るテーマなので、改めて考察したい。

食の値段が話題になるとき、大きく分けて三つのケースがある。最もよく話題になるのが、食料品価格の高騰だ。これは多くの消費者に関わる問題だから、採り上げられる回数が多いのも当然のことだろう。食品価格が高騰するのは、ふた通りのケースがあって、ひとつは気候変動。作物の生育を阻害するような気候が続くことによって、不作となって価格が上がる。魚介類も気候による価格変動が大きく、海水温や潮の流れなどによって不漁になると、当然ながら価格は上昇する。

日本中が猛暑に襲われた令和6年は、野菜の高騰が大きな話題になった。白菜やキャベツなどの葉物野菜が典型で、例年の2倍3倍になることも珍しくなかった。

テレビのニュースなどでは、一般消費者の声と共に、飲食店の悲鳴をも紹介する。

いわく、このまま原材料の高騰が続けば赤字になる。東京の下町にある居酒屋店主の声だ。大変だなぁと思いつつ、疑問も抱く。居酒屋にとって、葉物野菜が占めるウェートがそんなに大きいのだろうか。鶏卵が高騰したときもおなじだった。とあるラーメン店の主人も悲鳴をあげていたが、トッピング以外に卵を使うことがあるのだろうか。

ことほどさように、メディアはともすれば誇張して騒ぎたてるのが常だが、ごくまれにあわてず騒がずの声を伝えることもある。

キャベツ高騰時にインタビューを受けたタコヤキ店の店主は、

「長い間この商売やってると、原価が上がるときもあれば下がるときもある。そのたんびに一喜一憂して、値段変えるわけにいきまへんがな」

と達観していた。

まさにその通りであって、原材料価格の高低は、長いスパンで見るべきなのだ。

ということで、この問題について、一般消費者はともかく、飲食店の反応を都度紹介する必要はないと思う。

あとの二つは飲食店における料理の値段で、ひとつは高額、もうひとつは激安という、対照的な話だ。

先般地元の新聞に記事が出ていて驚いたのだが、1杯3万5000円のラーメンが京都で人気だというのである。どうすればそんな高額になるのかと記事を読めば、なんのことはない、素ラーメンに別皿でステーキを添えただけのこと。こんなものを公器である新聞が一面記事にするのかと呆(あき)れてものが言えなかった。

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ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「Nileport」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。