調理法もまたおなじ経過をたどってきた。どんな調理法で、調理温度はかくかくしかじかで、秒単位の調理時間にまで言及する。それらはしかし、食べる側が解明したようなことではなく、すべてが料理人の言によるものなのである。
その舞台となっているのは、近年大人気のおまかせコース一本やりの割烹店。予約困難をありがたがる客を前にして、料理人は先に書いたような、食材やら調理法をとうとうと語り、料理に箔を付ける。予約困難店に絶対的価値を確信しているうえに、食べる前からさんざん予備知識を与えられるのだから、客は「おいしい」かどうかを冷静に判断する能力を失っているに等しい。
ここで冒頭の美食家の言につながる。「おいしい」かどうかより、箔付けされた料理の価値がだいじだと、食べる側の客が思ってしまうのだ。
そもそも料理人がこと細かに料理の内容を、食べる直前に語る必要があるのだろうか。
もう20年近く前のことだが、人間国宝にも認定されている、とある日本画家にインタビューしたことがある。込み入った質問にも穏やかに答えていられたが、どんな絵筆や絵の具を使っているのかと問うたとき、急に表情を険しくされた。
「どんなもんを使うて絵を描くかてなこと、絵を見る側は知らんでよろしい。虚心坦懐に味おうたらええので、道具や技法を知ったら、素直な鑑賞の妨げになります」
そうおっしゃったことを今も思いだす。
「絵心という言葉がありますやろ。絵は道具やのうて、心で描くもんなんです」
語り過ぎる料理人や美食家たちに聞かせたい言葉である。
柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
※『Nile’s NILE』2024年10月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています