昨年(2023年)の日経平均株価は 22年末比で7369円(28%)高と、歴 史的な上昇を記録した。上昇の背景 には、東京証券取引所による市場改 革が奏功したことや、著名投資家の ウォーレン・バフェット氏の来日(4月) 効果などがあげられるが、何より大き かったのは、上場企業の「稼ぐ力」が 全体に向上したことだ。
もちろん、そこには円安の恩恵とい う側面もあるが、円安には同時に輸入 物価の大幅な上昇という負の側面も あった。結果、日本の貿易赤字が膨ら んで、それが一層の円安進行に拍車を かけることになったのも事実である。
資源・エネルギー価格をはじめ部 材の供給制約や人手不足などが企業 活動のコストを大幅にアップさせたこ とで、やむなく製品やサービスの値上 げが断行され、それが結果的に利益 面の成長を促すことにつながったケー スも少なくはない。むろん、その背景 には企業による賃上げの努力によっ て、一定の値上げを許容するムードが 広がったことも見逃せない。総じて言 えば、賃金を含む物価・インフレに加 えて長めの金利も「プラス」の世界で 推移するようになり、ひいては企業業 績と日本経済そのものがプラス成長を 遂げるようになった。
良かれあしかれ、それらは「コロナ 禍が後押しした」というところがあり、 それが長らく日本の経済社会をむしば んでいた“病巣”にメスを入れることに つながった。平時では自発的に仕掛け ていくことが難しい抜本的な改革・変 革をともなう“国難”の突破を、コロナ 禍が可能にしたとも言える。
思えば、コロナ禍前の日本は企業 の労働生産性が低く、そのことが低賃 金、低インフレ、低金利、経済の低成 長を同時に生み出し、国民の間には “デフレ根性”がはびこっていた。かつ て、このことを英国人アナリストのデー ビッド・アトキンソン氏は『国運の分岐 点』という著書の中で「1964年(体制 がもたらした)問題」と称した。
1964年は東京五輪開催の年であ ると同時に、日本が経済協力開発機構 (OECD)に加盟した年でもあり、そ こから日本の国際化が急速に進んだ。 結果、日本経済に「資本の自由化」が 組み込まれることになるのだが、外圧 による“植民地支配”を恐れる日本は 前年(1963年)に制定された中小企 業基本法を盾とする「中小企業護送 船団体制」を築き、実際に中小企業の 数が増えると同時に1社あたりの従業 員数が減少の一途をたどった。
そのことが企業の生産性を低下さ せ、低賃金の状態を余儀なくさせたと するなら、いわゆる「中小企業問題」 を解決することこそが国難突破のカギ となるというのがアトキンソン氏の主 張。ただ、同氏が前記の著作を上じょう梓し したのは2019年であり、言うまでも なくコロナ禍に見舞われる前のことで ある。その時点では「おっしゃることご もっとも」ながら、やはり単なる理想 論、机上の空論に過ぎないものであっ たことは否定できない。
しかし、その後、現実にコロナ禍が 日本の経済社会を襲った。結果として 企業の淘とう汰た と再編、再生の動きが広 がるとともに労働力の移動、すなわち 人材の再配置が進むようになり、企業 の生産性はいま、目の前で着実に向上 している。もはや、企業の「稼ぐ力」は コロナ禍前とは比べものにならない。 これは不可逆的なものであり、以前と は違った目で上場企業と株価を見て いくことが必要になると思われる。
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田嶋智太郎 たじま・ともたろう
金融・経済全般から戦略的な企業経営、個人の資産形成まで、幅広い範囲を分析、研究。講演会、セミナー、テレビ出演でも活躍。
※『Nile’s NILE』2024年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています