店はどこへ向かうのか

食語の心 第119回 柏井 壽

食語の心 第119回 柏井 壽

食語の心 第119回 柏井 壽

くすぶっている気配はあるものの、ほぼ3年にわたるコロナ禍はおおむね終息した。この間、激しく揺れ動いたのが飲食店だったことは論をまたない。店仕舞いしたところもあれば、業態を変更したところも少なくない。

東京を始め、ほかの地方がどうなのかはよく分からないが、京都に限って言えば、コロナ後の飲食店がどこに向かおうとしているのか、おぼろげに見えてきた気がする。

たとえば営業時間。コロナ前と比べて、開店時間も、閉店時間も早める店が増えてきたようだ。これまでの居酒屋と言えば、だいたいが6時開店、早くても5時開店というのがふつうだったが、最近では午後3時開店というところも、ちらほら見かけるようになった。深夜0時閉店だったのが、夜9時ラストオーダーという店も出てきた。

早く食事を始めて、早く終えるというライフスタイルが、コロナ禍で定着したせいではないかと思っている。かく言うぼくもそのクチで、コロナ前に比べると、夕食は1時間以上前倒ししている。高齢者だからかもしれないが、なんとなくこのほうが健康的なようにも感じている。

営業時間で言えば、昼から夜まで通し営業している店も確実に増えてきている。こういう店では昼飲み客も少なくない。いずれにせよ、明るいうちから飲み始めるという、背徳感のようなものも後押ししているようだ。

京都での一例を挙げると、西陣の商店街に新たに店を開いた「お酒とお料理おまち」などは、カウンターだけの店だが、ご近所のランチ客と昼飲み客が隣り合わせに座って和気あいあい、といった空気を漂わせている。オープンしてまだ半年ほどだが、すっかりお気に入りの店となり、ひんぱんに足を運んで、早飲みを楽しんでいる。

この店の最大の特徴は、固定電話を持たないので、やすやすと予約できないことだ。

「通りがかりに、ぶらりと入れる店にしたい」

店主夫婦がそう願ってゆえのこと。何カ月も前からの予約が必要だったり、長い行列にならばないと食べられないような店と対極にある、潔さがすがすがしい。

店の真ん中に厨房があり、それを挟んでカウンター席が向かい合う。この距離感もいい。12時開店で、ランチメニューがある日もあるが、基本は昼飲み。お造りを筆頭に、豊富なアラカルトは日替わり。ぼくはいつもスパークリングワインの「なみなみ」と「つきだし」でスタートする。「なみなみ」は文字通り、シャンパングラスからあふれる寸前までなみなみと注がれた泡のことで、飲兵衛にはなんとも嬉しい趣向だ。

一見新しい試みに思えるが、実はむかしからあったスタイルだ。銭湯の帰りに桶を持ったまま店をのぞき、席があれば一杯やる。酒を頼むと受け皿の一合升からあふれるほど酒を注ぐ。口から迎えに行って、ホッとひと息。町の居酒屋と言えば、たいていがそんなふうだった。つまりは原点回帰。居酒屋かくあるべし、という店主夫婦の思いなのだ。

むかしは祝い事などの特別な行事を除けば、家族が夕食を外で取るのに、早くから予約することなどほとんどなかった。思い立って出向き、断られた記憶がない。飲食店の数で言えば、むかしのほうが圧倒的に少なかったはずなのに、たいてい席が空いていたのはなぜか。それは客がばらけていたからだ。

たとえば中華料理の店が何軒かあって、それぞれにファンが付いていて、集中し過ぎることもなく、人気が平均化していたのだ。情報化が進んだこともその一因だが、今の時代は、話題の店、人気の店に集中して客が押し寄せるから、当然のごとく混み合うのだ。テレビで紹介されたから、だの、SNSで話題になっているだの、といった理由で店を選ぶ客がいかに多いことか。それゆえ店側は、いかにしてメディアで紹介してもらうか、映えるメニューを作ってインフルエンサーの気を引くか、にばかり注力するようになってしまった。

食が本来あるべき姿から離れる一方なのを憂えるが、心ある料理人たちが少しずつ増えてきているようにも思う。

あふれるグルメ情報を自ら遮断し、ご近所さんとの結びつきをたいせつにする。そんな店がもっと増えてくれば、ゆがんだグルメブームも少しは改善に向かうような気がする。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2023年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
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