去る8月1日、東京金先物価格が一時的にも1グラム=9000円台に乗せ、過去最高値を更新した。前日のニューヨーク商品取引所(COMEX)において、ドル建て金先物価格が1トロイオンス=2000ドル台に再び乗せてきたことに加え、外国為替市場でドル/円が一時142円台半ばまで円安に振れたことによる。
結果、田中貴金属工業の店頭小売価格(税込)は一時9946円まで、店頭買取価格(税込)も9831円まで上昇した。仮に1キログラム相当の金地金(ゴールドバー)を保有していれば、その価値は1000万円近くにもなるというから驚くほかない。
今、なぜ、これほどまでに金(ゴールド)の価値は高まっているのだろうか。おおよそ見当はつくことと思われるが、やはりウクライナ危機などの地政学的リスクや世界的なインフレ、金融市場の不確実性などが高まっていることを背景に「安全資産」と目されるゴールドに世界のマネーがシフトとしている点が何より大きいと言えよう。
もちろん、世界各国・地域の中央銀行が総じてゴールドへの関心を強めているという点も見逃せない。世界的なゴールドの調査機関であるWGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)が今年2月から4月にかけて行った中央銀行に対する調査の結果によると、先進国の中央銀行の4割弱、新興国の中央銀行の6割強が、5年後、ゴールドの保有比率は上昇すると回答していた。
その一方で、米ドルについては先進国の中央銀行の半分弱、新興国の中央銀行の半分強が、5年後、ドルの保有比率が低下すると考えていることも判明した。その主な理由としては「グローバルな舞台で米国以外の国々の重要性が増すなか、対米投資は若干減少すると見られる」、「ゴールドだけでなく、ユーロ、円、人民元などの保有を増やすことで、これまでも外貨準備高の多様化を積極的に進めてきている」などの声があがっていた。
つまるところ、基軸通貨ドル&米覇権体制が足元で徐々に揺らぎを見せているということになるものと考えられ、ことに新興・途上国にあっては米国離れ&ドル離れが、今後一層強まりかねない状況となっている模様である。
そうでなくとも、米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げサイクルは最終局面を迎えていると見られており、ゴールドの“敵”と言える米金利とドルの上昇余地は徐々に限られてくると見られる。それでも世界的なインフレがしばらくは高止まりすると考えれば、ドル建て金先物価格は、1トロイオンス=2000ドルを突破した2020年8月につけた取引時間中の最高値を超えてくる可能性もあると見られる。
ただし、日本人にとってのゴールドはあくまでドル資産であり、いずれドル安・円高傾向が強まる局面を迎えれば、そのぶん円建て価格が目減りする可能性もある。仮に、ドル建て金価格が2200ドルまで上昇したとして、その時のドル/円が125円まで下落していれば円建て金価格は9000円を割り込む計算になる。
知ってのとおり、7月の日銀金融政策決定会合は長短金利操作の運用に微調整を施すと決めた。日銀総裁は政策の正常化に歩み出すということではないと述べたが、これは紛れもなく正常化への胎動と言えるものであろう。そう遠くない将来、市場で円高圧力がやや強まる可能性があることも心得ておかねばなるまい。
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田嶋智太郎 たじま・ともたろう
金融・経済全般から戦略的な企業経営、個人の資産形成まで、幅広い範囲を分析、研究。講演会、セミナー、テレビ出演でも活躍。
※『Nile’s NILE』2023年9月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています