「ピッチ詐欺師たち」の世界

時代を読む 第117回 原田武夫

時代を読む 第117回 原田武夫

時代を読む 第117回 原田武夫

最近、べンチャー・キャピタル(VC)の世界に顔を出している。とはいえ、我が国におけるVCの世界である。具体的には和製VCの関係者たちが集まる場で起業者(アントレプレナー)たちがプレゼンテーションを行う、いわゆる「ピッチ」の場を巡るべく全国行脚している。
「夢」を語る皆さんの言葉に心が動かなくもないが、筆者も外交官=公務員としての稼業を自分の意思で辞めて、その意味において裸一貫で年商12億円弱の企業を創り上げた自負がないわけではない。そうした立場から彼らアントレプレナーたちが繰り広げる「ピッチ」を聞くとどうしても、えもいわれぬ違和感を覚えることの連続であった。それが一体、何故であるのかどうしても言葉にすることができなかったのであるが、最近訪れた京都での「ピッチ」の帰路の車中で手にした本でようやく溜飲が下がった。今回はこの本をぜひ紹介し、そこから説き起こせればと思う。

今回ご紹介したいのは中村幸一郎『スタートアップ投資のセオリー 米国のベンチャー・キャピタリストは何を見ているのか』(ダイヤモンド社)である。
VC業界の本場は何といっても米国だが、そこにはべンチャー・キャピタリストの専門コースがある。その一つが「カウフマン・フェローズ・プログラム」と呼ばれるものであり、著者である中村幸一郎氏はそこに我が国から通った2番目の人物であるそうだ。

この本を読んで実に目から鱗が落ちた気がした。
—「スタートアップ企業に対する政府からの補助金はむしろその成長を阻むものである」「経営者の若さだけをVCは見ているわけではなく、むしろその業界を知り尽くした人物が経営の任にあたっているのかがポイントだ」「ピッチでVCが投資先のスタートアップを決めることはまずない」「本当のVCはそれぞれの業界の中で芽が出そうな課長クラスの人物に最初から目をつけ、起業へと導く」「いわゆる米テック系大手企業は実のところ自社開発能力が鈍化しているのでその出身者にVCが投資することはまずない」等々、我が国VCさらには経済メディアでは半ば狂信的に語られていることとは真逆のルールがそこでは語られていたのである。

ここにきて全国をぐるりと回って聞いてきた「ピッチ」でどうしても腑に落ちなかったことがあるのだ。それは「どうやって自社の製品・サービスを売るのか」ということについてである。もっといえば「継続的に売るやり方」についてなのであって、端的には「月間継続課金売上高(MRR)」ないしは「年間継続課金売上高(ARR)」をどのようにして引き上げていくのかという点である。
登壇するアントレプレナーたちは「この製品・サービスの市場規模は〇〇〇〇億円ですので、その××パーセントを獲得するとして、△△△億円の年間売上を見込んでおります」などといとも簡単に語るのだ。

しかし「どのようにしてそこまでの市場シェアを獲得するのか」という道のりについて語る方はほぼいないのだ。それなのに居並ぶVC関係者や法務・知的財産権の専門家たちは何も意見しないのである。中村幸一郎氏は先ほど示した著書の中でサラリーマン・ファンドマネジャーが会社のカネで管理させられているコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)ではもっと状況がひどいと喝破する。しょせん、人事異動で数年任されただけの「にわかVCファンドマネジャー」なのだ。結局、利益をもたらせたのかどうかもわからないまま、ファンドの資金だけがそこでは溶けていってしまっている。

アントレプレナーたちの経歴を見ると、名だたる「ピッチ・コンテスト」で入賞記録などがずらりと並んでいることが多い。そうした時、ふと思うのである、「なぜ、この方はシードマネーを集め続けているのか、なぜ商品・サービスを売ることができないのか」と。
そもそもその業界の専門家ではないアントレプレナーたちも多い。「夢」をビッグマウスで語っては単にカネを溶かすことだけを生業としている「ピッチ詐欺師」たちが中には交ざっているのかもしれないと正直思ってしまうほどだ。岸田文雄政権が起業を促す大号令を下している今だからこそ、起業を巡る、もっと本質的な議論を行うべき時が到来している。

原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

※『Nile’s NILE』2023年9月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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