世界中に蔓延している新型コロナウイルスという疫病で、もっとも大きな打撃を受けているのは飲食業だろう。もちろん他の業種も、大なり小なり影響を受けているし、なにより医療従事者の苦闘ぶりには首を垂れるしかないのではあるが。
日々刻々と事態が変わり、悲鳴をあげているのが外食産業であることは自他共に認めるところだ。営業時間の短縮、感染予防対策、座席数の削減、にとどまることなく、ときには営業自粛を迫られることも稀ではない。
営みを途切れさせるわけにはいかない。どんな手法で感染のリスクを抑えるか、飲食業に従事する人々は頭を悩ませ続けている。
聞いたところによると、海外の飲食店に比べて、日本では飲食店で感染が広がるケースは少ないそうで、その要因として、日本独特の飲食店形式が挙げられるようだ。
ジャパニーズタイルとも呼ぶべき、独特の形は、結果として感染拡大防止に寄与している。そのいくつかを検証してみよう。
まず第一に挙げたいのは、カウンター席というスタイルだ。
海外旅行をして、レストランで食事をするとき、カウンター席を持つ店に出合ったことは、ほとんどと言っていいほどない。お酒を飲むためだけのバーや、ファストフード店での立ち食いを除けば、海外のレストランで、カウンター席に腰かけて、ゆっくりと食事を楽しんだという記憶がない。
一方で、国内の飲食店で食事をするときは、かなりの割合でカウンター席で楽しむことが多い。とりわけ夜にお酒を飲みながら、となると、カウンター席がほとんどだ。
もちろん大人数だとテーブル席になるが、4人以下だとたいていカウンター席を選ぶ。つまりは横並びで食事をするわけだ。
向かい合って食事をするより、横並びのほうが、圧倒的に感染のリスクは低くなることは、コンピューター分析で明らかにされている。
横並び席というだけでも、感染予防に寄与するのだが、さらにその席のあいだにアクリルボードを設置する飲食店も増えてきた。僕が行きつけにしている店は、ほとんどがカウンター席のあいだに、この透明のアクリルボードを設置している。万全に近い態勢だ。
もうひとつ。他の国ではあまり見かけないものに、おしぼりがある。
割烹や料亭などの高級店なら、厚いタオル地のおしぼりが、ファミリーレストランや喫茶店なら、使い捨てのおしぼりが、席に着くと同時に出される。食事を始める前に手を拭って清めるのが、当たり前のように思っているが、海外ではめったに出合わない。
この日本独特の習慣とも言える、おしぼりというものは、実は社寺参拝の際の手水舎から派生したものではないかと推測している。
神社やお寺で参拝する前に、まずは手水舎で手を洗い、口をすすぐのは、清めるという意味合いもあるが、疫病の蔓延を防ぐためだったのでもある。
日本の多くの飲食店で、おしぼりと、水の入ったコップが最初に出てくるのは、手水舎に倣ったのではないだろうか。この習慣もまた、感染拡大を防ぐのに、有効な手立てとなっているはずだ。
さらに言えば、飲食店を始めとして、日本ほどお店にあるトイレが清潔に保たれている国はないのではないだろうか。
アジアはもちろん、ヨーロッパの国々においても、お世辞にもきれいとは言い難いトイレが少なくない。習慣の違いがあるにせよ、これほどまでにウォシュレットが備わっている国は、日本以外にはないはずだ。
加えて最近では、便座のふたが自動で開閉するようになってきたから、トイレの清潔度は他に類を見ないと言ってもいい。
そしてそのトイレを、日本で「お手洗い」と呼ぶことにも注目したい。トイレは用を足すところであると同時に、手を洗うところでもある。
手を洗ったあとにも抜かりはない。ペーパータオルや抗菌ハンドドライヤーが設置され、ハンカチを持たなくてもいいようにできている。
かくして、古よりの生活習慣も相まって、日本の飲食店ほど、感染予防に注力している国はない。
しかるに営業自粛や時短を強いるのは、どうにも理不尽な気がするのである。
柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。
※『Nile’s NILE』2021年1月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています