コロナによって飲食店の様相が一変したのは京都だけではないのだろうが、京都に生まれ育った僕にはやはり、身近な存在なので、コロナによって飲食店がどう変わったか、京都を例にして検証してみたい。
前号でご紹介した「食堂デイズ」は四条河原町を少し下がって、東に入ってすぐのビルの2階にある洋食屋だ。ランチタイムは手軽なワンプレートスタイルで、夜は洋風居酒屋的な店になる。
「食堂デイズ」の主人はコロナ以前、フレンチの香りがする大箱の洋食レストランでチーフシェフとして腕を振るっていた。
アラカルトもあるが、コース仕立ての洋食が人気を呼んでいて、ソムリエが選ぶワインと一緒に洋食を味わえるので、幾度となく足を運んだ。2階には個室もあって、ちょっとした接待にも、家族そろっての会食にも使えて重宝したものだった。
そんな70席を超えるような、大きなレストランは閉め、代わりにシェフが開いた店は、テーブルが5つというしごく小体な店。
料理の根本を変えることなく、以前のレストランと比べて、かなりカジュアルなメニューが並ぶ。それに合わせて値段もリーズナブルで、居酒屋使いできるのがありがたい。
ポテトサラダやローストビーフ、ハンバーグにオムライスなど、正統派の洋食が並ぶメニューのなかで、ひときわ異彩を放っているのが、小鍋料理。
洋食屋で鍋料理。なんとも斬新なメニューだが、これはきっと、料理の枠にとらわれない、というシェフからのメッセージなのだろう。
コロナ禍が一段落したように思われる、最近になってオープンした店はおおむねこんなふうだ。
なかには、あくまで高級路線を貫く店もあるにはあるが、客の入りはあまり芳しくないようだ。
「食堂デイズ」と似たパターンだと感じているのが「料理・ワイン イバラキ」だ。
京都御苑近くの丸太町通にオープンしたばかりの店は、京都らしい町家造り。この店の最大の特徴は、ランチタイムは中華そば屋、夜はバルスタイルの洋食屋と、二毛作で営業しているところだ。
大阪を中心に、コロナ禍で密かに人気を呼んでいるのは、間借りカレー店だそうだ。バーやスナックなど、夜しか営業していない店を、昼間だけ借り受けて、カレー屋を開く。隠れ家感もあって、けっこう人気なのだと聞く。
夜までカレーの匂いが残らないか、とか、飲食業を軽視しているのではないか、とか、いろいろ気になることはあるが、コロナが生んだ新たなスタイルの飲食店であることは間違いない。
これと似たように思われるかもしれないが、「料理・ワイン イバラキ」のほうは、昼も夜もおなじ料理人が作るのである。昼は20食限定の中華そばを作り、夜は洋食を中心としたビストロ系の料理を作る。
これまでありそうでなかったスタイルの店は、そのロケーションの良さもあいまって、早くも人気を呼んでいる。
ランチタイム限定の中華そばも、先の「食堂デイズ」の小鍋料理と同じく、料理の枠にとらわれない、というシェフからのメッセージだろう。
この店のシェフもまた、以前は大きなレストランで腕を振るっていた。紆余曲折あっての、今回の新店オープンだが、ここもやはり、目の届く範囲、手の届く範囲でと、小体な店を作ったことが興味深い。
店のかまえもそうだが、料理の内容も同じで、希少な食材を使うこともなければ、玄人受けするような、とがった料理もない。誰もがすぐになじめる、言ってみれば、ごくごく普通の料理ばかりである。「食堂デイズ」の小鍋料理、「料理・ワイン イバラキ」の中華そばランチがそれを象徴している。
もちろん、ハレの日に足を運ぶようなレストランも必要だが、今の時代、ふだんの外食に求められているのは、この2軒が代表するような、普通の店だろうと思う。
食通と呼ばれている人たちは、いまだに名店詣でに精を出し、こだわりとやらをずらりと並べ、やれ、日本一の味わいだの、ほかの店では絶対味わえない、などの賛辞を並べたてている。
普通の店と、極みの名店と、どちらが生き残るのか。ぼくは前者を応援したい。
柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。
※『Nile’s NILE』2020年12月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています