まさか、こんなことを3カ月も続けて書くことになるとは思ってもいなかった。短期間での収束を願っていたが、どうやらそれはかなわなかったようだ。
前も書いたように、このウイルス騒動によって飲食業界は大きな痛手をこうむっている。もちろんすべての業種も同様なのだが、「食語の心」と題していることもあり、飲食業界の苦境に絞って話を進める。
日本中に緊急事態宣言が発令され、不要不急の外出を控えるように、との通達が出された。拘束力こそないものの、多くの国民がそれを守るようになった。
前回の本欄では、グルメたちが「応援」という名のもとに、名店にはせ参じ、それを拡散しようという動きがあると書いた。それならば地元でひっそりと営業している身近な店を訪ねる方がいい、とも書いた。
だが、事態はより深刻となり、飲食店の営業が制限されるようになり、様相が一変した。
営業を続けていいが、客席間を広く取るように、とか、夜遅くまで酒類を販売しないように、などの要請が出されると、自主的に店内での飲食を停止する店が続出した。三密空間を避ける意味もあって、外食そのものを自粛するムードが広がり、閑古鳥が鳴くようになると、人件費も重荷になり、いっそ営業を休止しようという流れが出てきた。
そんななかで、救世主として持てはやされるようになったのが、テイクアウトやお取り寄せだ。
何カ月も先まで予約が取れなかった店や、何時間も並ばなければ食べられなかった店も、こぞってテイクアウトやお取り寄せに新規参入し始めるになった。
これに飛びついたのが、例によってグルメ自慢の人たちだ。
SNSやホームページで発信された店情報を、いち早く拡散することに努める。もちろん試食などしているヒマもないだろうから、「おいしいはず」と決め込んで情報を垂れ流す。
自宅にこもっている人たちに向けて、テイクアウト情報を流すのはいい。だがそれが遠く離れた名店だけ、となると苦言を呈さざるを得ない。
この苦境にあえいでいるのは名店だけではない。名もなき市井の店の方がむしろ苦しんでいるはずだ。それを知ってか知らずか、遠くの名店の持ち帰り料理をすすめるSNS投稿は日を追うごとに増えていく。
それを見たグルメ仲間が早速はせ参じる。電車2本を乗り継いで1時間以上掛かった。ついでに近辺の観光もしてきた。自慢げに報告する。外出自粛などどこ吹く風だ。結果としてこれが、ウイルス拡散につながるかもしれないのだ。
知己の飲食店や有名店を応援したいという気持ちが、前のめりになってしまい、それがどんな結果につながるかまで気が回らないのは本当に困ったことだ。
さらに言えばその手の情報を拡散している本人は、善意を超えて、社会的正義までを感じているだけに、厄介な問題なのだ。
そしてここでもまた、グルメブロガーたちの自己顕示欲がうかがえるのも寂しい限りだ。
とある有名グルメブロガーが、名店と呼ばれる和食店の、新作通販商品を写真付きで紹介していた。
その写真を使って他のブロガーが同じ商品を宣伝した。
そのことに激怒した有名ブロガーが自分のブログで名指しをしてやり玉にあげた。勝手に写真を使うなと。
たしかに正論である。著作権侵害は僕も常に憂慮しているところだが、今はそれよりも、情報を広く知らしめることの方が大事なのではあるまいか。
問題点があるならそのブロガーに直接抗議すれば済むことで、公開処刑のような投稿をするのは、あまりに大人げなさ過ぎる。
この顛末で明らかになったのは、その有名ブロガーにとっては、情報を世に広めることより、それを発信したのは自分だ、ということの方が大事だったということ。
世に言うグルメ情報というものに、ずっと僕が感じてきた違和感が、この非常時になって、明らかになってきたように思う。
どの店にどんな料理があって、それがどれほど優れているか、おいしいものかを紹介する人たちの中には、そのことを世に広めたいという気持ちより、それを発信しているのは自分だ、ということの方が大事だと思う人が少なくないのだ。
この期に及んでも。非常時になると透けて見えるのが本音だ。
柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。
※『Nile’s NILE』2020年8月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています