アマチュア料理人

食語の心 第71回 柏井 壽

食語の心 第71回 柏井 壽

食語の心 第71回

最近やたら目に付くのが、料理好きのアマチュアの集まりである。
それを主宰しているのは、多くがグルメライターやグルメブロガーといった人たちだ。
たいていは東京の話で、どうやらそういう集まりのための貸しスペースもあちこちにあるようだ。

それらの告知にはSNSが使われるのがほとんどなので、食関係の友人が多い僕にもお呼びが掛かる。
家族団欒でもなく、外食でもなく、グルメ仲間が集って、素人料理を披露しあい、互いに褒めあう。そんな集まりがブームの様相を呈していると聞いた。

いったい何が目的なのだろう。ただ集まって飲んで騒ぎたいなら、そこいらの飲食店でもいいのだし、美食が目的なら、それなりの店に集えばいいのであって、どうにも僕にはよく分からないブームだ。
友人のひとりに、社会現象に詳しいエキスパートが居るので、飲み会で出会ったときに、ここぞとばかりに解説を乞うた。

その友人はいとも容易く解いてくれた。

「料理に限ったことではありません。なんでもいいんですよ。写真だとかスケッチ、俳句や短歌などの趣味を同じくする人たちが、褒めあいっこをしているんです。少し前まではSNSの〈いいね!〉で満足していたのが、最近では〈リアルいいね!〉を求めて集うようになった。なかでも一番盛んなのがリタイア前後の男性たちの料理自慢なのです」

なるほど。それで謎が解けた。そういうことだったのか。
僕もSNSを使っているので、その気持ちはよく分かる。気にしないようにしてはいるが、それでもやはり〈いいね!〉が極端に少ないと気になったりするし、友達の投稿にもできるだけ〈いいね!〉を押すようにしている。しかしながら、それらのほとんどは会ったことのない人たちだから、実感として薄い。だから〈リアルいいね!〉を求めるようになる。

日常の投稿でも料理関係が、一番反響が大きいのだから、それを実体験できれば、強い実感を得られるのだろう。
家族団欒でもなく、美食を極めるでもなく、ましてやひとりご飯を愉しむでもなく、グルメ仲間と〈リアルいいね!〉を共有することに価値を見出す。なんとも不思議な時代になったものだ。

アマチュアの料理と言えば、料理家という存在も常々不思議に思っている。まずは料理家を名乗る人の数が尋常ではないほどに多いことが不思議でたまらない。

いったいぜんたい、料理家とは何をする人なのか。
家と付く人々は概ねプロである。作家、作曲家、作詞家、華道家、書家など、少なくともそれによって生計を立てていればこそ、家を名乗るのである。

それらと比べて、料理家を名乗る人たちの多くは名乗っているだけなのではないだろうか。店を持つでもなく、料理本を出版するでもなく、真っ当な料理教室を開くでもなく、ただ自ら名乗っているだけの料理家。

再び先述の社会現象に詳しいエキスパートに問うてみた。

「特に女性に顕著なのですが、今の時代はみんな、肩書が欲しいんですよ。主婦という立場に留まることなく、広く世間一般に通じる肩書を求めてのことです。資格ブームともどこかで繋がっていますね」

実に分かりやすい解説をしてくれた。つまりはこれも〈リアルいいね!〉のひとつなのだろう。
かくして、アマチュアの自称料理人が世間に溢れることになるのである。

その萌芽はプロの料理人にあったと言えば言葉が過ぎるかもしれないが、全否定することもできないだろうと思う。
この連載でも繰り返し書いてきたことだが、昔の料理屋に比べて、今の時代は若くして開業するケースが格段に増えてきた。
多くは30代前半、人によっては20代半ばで開業してしまう。いくらスピード優先の時代とは言え、あまりにも修業期間が短いのではないかと思う。

わけても日本料理の世界では、学ぶべきことは山ほどある。ただ料理を作るだけでなく、行儀作法、器の知識と扱い、茶道、華道、建築、美術、芸能全般など、幅広い知見を備えなければ、真っ当な日本料理を作ることなど出来はしない。それには10年やそこいらの修業期間は短すぎるのである。

どんなに流行(はや)っていても、予約が取れない人気店でも、それをプロと認めることは難しいのだ。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2019年3月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
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