久々のフランス旅で、どうしてもたしかめておきたかったことが、ふたつあった。ふたつとも食にまつわることだ。
ひとつは海外での日本食、日本酒ブームがどれほど浸透しているのか、である。
とあるグルメライターさんの言では、スペインやフランスをはじめ、現地の食通たちが日本食レストランに殺到し、どこも予約が取れない状況だ、ということだった。
それにともなって日本酒もブームの様相を呈していて、日本食レストランだけでなく、スパニッシュやフレンチのレストラン、バルやビストロでも日本酒の吟醸酒が飲めるとも書いてあった。
40年も前の、海外の日本食レストランといえば、和食なのか中華料理なのか、韓国料理なのか、判別不可能な料理で、間違っても、美味しいとは言えないものだった。
それと比べるのも何だが、海外で本格的な和食を吟醸酒とともに味わえるとは隔世の感がある。なんとも愉しみなことではないか。
今回の旅はフランスだけだが、どの都市でも真っ当なホテルに滞在するので、ホテルのコンシェルジュに聞けば、何らかの情報が得られるだろうと思っていた。
結論から言うと、本格的な日本食や日本酒ブームというものには、たどり着けずじまいだった。
モンテカルロ、ニース、マルセイユ、パリと、名の知れたホテルのコンシェルジュに尋ねたものの、ほぼゼロ回答だった。
「たしかに、日本で食べるのに負けず劣らずのカッポウがあるにはある。だがそれは、一部マニアの食通だけが食べに行くだけで、一般にはまったく浸透していない。わたしも行ったことがないんだよ」
パリのホテルコンシェルジュの言葉だ。百聞は一見にしかず。見ると聞くでは大違い。幻だった。
京都とよく似た構図だと気付いた。
「京都では料亭より割烹ですよね。京割烹は大ブームなんですよね」
とりわけ東京の友人から、しばしば聞かされる言葉だ。
たしかに一部の割烹店は人気沸騰、半年先や1年先まで予約が取れない有り様だが、ふつうに京都に住んでいる者には、まったくもって無関係。その手の人気割烹に足を運んだ都人はごくわずかだろう。
日本酒しかり。京都では、「乾杯は日本酒でしとぉくれやす」を合言葉にした〈日本酒乾杯条例〉なるものが5年前に施行された。
日本酒普及を目指したものだが、京都では日本酒以外で乾杯しないのかといえば、まったくそんなことはなくて、たいていはビールか、ちょっと改まった席ならシャンパーニュである。
ブームは作られるものだということ。実態とは必ずしも一致しないということ。旅をしてはじめて分かることなのだ。
そしてもうひとつ。気になっていたのはラーメンだ。
パリではフランス人がラーメン店に行列を作っている。そう聞いて、にわかには信じられなかった。フランス人とラーメンがどうしても結びつかなかったのである。
こちらのほうは、すぐに答えが出た。本当のことだったのだ。
ホテルコンシェルジュに聞くまでもなかった。パリの中心地には何軒ものラーメン店があり、昼時ともなれば、どの店にも行列ができていた。
40年前に訪れたときにも、ラーメンらしきものはたしかにあった。だがそれは、インスタントラーメンの足元にすら及ばない代物で、麺は伸びきっていて、スープはとことん冷めていた。日本のラーメンとは別ものだった。
それが今回は、さして日本と変わらない様子だったのに驚くしかなかった。
豚骨こってり系やら、魚介あっさり系など、それぞれのスープを売りにするラーメン店が点在し、しっかりファンが付いているようなのだ。ためしにと入ってみたのはサッポロラーメン系のお店。満席の店内はアジア人は1割程度で、ほとんどは地元のフランス人のようだった。
常連らしき客は、日本人スタッフと軽口をたたき合い、慣れた様子で音も立ててラーメンをすすっている。箸使いもなかなかのものだ。
日本に比べて割高なことを除けば、札幌で食べるそれと比べて、ほとんど遜色はなかった。まさかパリでサッポロラーメンを美味しく食べるなど思ってもみなかった。
ふたつ目の噂は本当だったのだ。
笛吹けども民は踊らず。大衆食の強さも肌で感じたフランス旅だった。
柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。
※『Nile’s NILE』2019年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています