地方と食。真っ先に頭に浮かぶのはB級グルメという言葉。幾度かのブームを重ねて、今ではすっかり定着した感があるB級グルメ。
日本各地でお国自慢として、古くから伝わる料理や、町興しとして新たに開発された料理が入り混じり、その人気を競い合っている。
それはいいとして、しかしB級グルメという呼び名を僕は好まない。食にA級もB級もないからであって、安くても高くても、珍しい料理でも、ありふれたものでも、その価値は決して優劣やクラスを競うものではないはずだ。
故に僕は、地方ならではの美味しい料理をローカルグルメと呼び、一冊の新書にまとめたくらいである。このローカルグルメは、旅と一体である。旅先で出会う味。あるいはそれを求めての旅。いずれにせよ、居ながらにして取り寄せるのではなく、旅先で味わってこそのローカルグルメである。
麺類、ご飯モノと、ローカルグルメのほとんどはひと皿系。一食完結主義。それ故、インパクトのある味重ねが人気を集める。これまでの旅で、僕が最も心を引かれたのはトルコライス。皿うどん、ちゃんぽんと並ぶ長崎名物である。
トルコライスというくらいだから、当然トルコに関係があるのだろう。初めてそれを食べる旅に出て、どんな料理かを想像してみた。まだ、ネットで検索することなど、思いもよらなかった頃の話。
はてトルコという国では、どんな料理が食べられているのか、と思いを巡らせど、まったく浮かんでこない。そうこうするうち、長崎に着いた。
名物ローカルグルメともなれば、それを供する店はたくさんある。その中からどの店を選ぶか。これが最も大事なことになる。
現地にたどり着いて、まずは書店を探し、ガイド本を開いて店を選ぶための参考にするのが、僕の旨い店探しの流儀。
大判のシリーズはカラー写真が出ているのでそれをつぶさに観察し、何軒かのあたりをつけて、今度は地元の新聞社や出版社から出ている店紹介本の記事を読んで、写真のイメージと重ね合わせ、最終判断を下す、という方法を取る。
だがそれとてまだ決定ではない。最後は店の前に立ってみて、その佇まいを見、店の空気を読みながら、よし! となって初めて店に入る。
これでハズレる確率は、今となってはほとんどゼロに近いが、かつては幾度か辛酸をなめたものだ。箸を付けるまでもなく見ただけで食欲が消え去った寿司。三口も食べたら、後はのみ込むのに難渋した蕎麦。あまりの不味さに怒りがこみ上げ、超能力もないのにスプーンの柄をねじ曲げてしまったカレーライス。
事ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかったのであって、数々の失敗を繰り返し、それを乗り越えて初めて、旨い店を探り当てることができるようになったのである。
かかる複雑なプロセスを経て、長崎で選んだのは「ボルドー」というレストラン。細道の二階にあって瀟洒なイタリアンといった感じ。トルコライスの専門店ではないというところ、発祥と伝わっていること、そして何より見た目の美しさで、この店を選んだ。
僅か十席ばかりの小さな店。カウンターに座って、迷わずトルコライスをオーダー。当たり前だが、注文が通ってから、シェフが一つずつ丁寧に作る。その様子を間近に見ることができるカウンターがうれしい。
ガイドブックで見た通りの料理が、徐々に出来上がっていく。なるほど、こういう料理なのか。湯気が立ち上る皿が目の前に置かれて、お腹が大きな音を鳴らす。
左側にヤキメシ。右はナポリタンっぽいスパゲティ。その真ん中に、でんと載るのが薄めのカツレツ。カツにはサラリとソースが掛かっている。福神漬が添えられていて、日本の正しい洋食という姿。
カレー味のヤキメシだが、ドライカレーほどにはカレーが主張せず、スパイシーという程度におさまっている。それはスパゲティも同じ。やはり主役はカツレツなのだ。
名物に旨いものなし。それはきっと、旨い店に出会わなかったからだろうと思う。それをまさしく実感したのは、何年か後に、別の店でトルコライスを食べて感じたこと。見た目にはさほど変わらないのだが、あまりの味のクドさに、半分以上残して、店を出たほど。事程左様に店選びは大事。そんな話を次回も。
柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
※『Nile’s NILE』2014年5月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています