今、ニッポンに足りないもの

時代を読む-第111回 原田武夫

時代を読む-第111回 原田武夫

時代を読む 第111回 原田武夫

時代を読む 第111

万葉の昔、我が国において天皇は丘に上り、夕餉(ゆうげ)時に人々の家々から煙が立ち上っているのを見て、安堵していたという。「今日もまた、人々が安寧に暮らしている」と安心していたわけである。

統べるとは結局のところ、こうした日々の安心感の連続なのではないかと私は思う。それが今、全く違うところへと我が国の政ごとは向かっていたことが次々に露呈し始めている。先般開催された東京夏季五輪が実は贈収賄のオンパレードであったことが司直の手で明らかにされているのがその典型だろう。こうした悪事の暴露は当分の間、やみそうにない。

「我が国ニッポンをいかにして立ち直らさせるべきか」―この問いに対する答えを、そろそろ皆で真剣に考えるべきなのではないかと、私はそうした中だからこそ、強く思っている。そして上述のとおり、古の帝たちが夕餉時に行ったと記されていることを思い出す時、そこで課題としてとらえるべきなのは次の二つなのではないかとも思うのだ。
 
まず、何はともあれ、私たち日本人全員が「食っていける」だけの付加価値を創り出すことができる、ある意味破壊的な「基盤技術」を国家的なプロジェクトにより世に送り出す必要がある。我が国は久しく「応用科学」では世界一と呼ばれてきた。しかし、二番手、三番手ではもはや皆で「食っていく」のが不可能なのだ。

かつて「超LSI」の開発に国を挙げて成功し、それをもって1980年代における半導体マーケットで我が国が世界第一の座を獲得し続けたことを今こそ思い出さなければならない。あの時、我が国は「超LSI」という基盤技術について先陣を切ったからこそ、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の座をほしいままにできたのである。

「基盤技術」はその応用を無限に可能にすることから、産業的・経済的な波及効果は甚大である。海の向こうで創り出された技術をひたすらコピーし、同じことをしてもうけようとするエマージングマーケットとの間で価格競争に巻き込まれ、敗れ去るという「平成バブル崩壊」後のパターンから抜け出さなければならないのだ。そのためにはまずもって「基盤技術」の開発が不可欠だ。
 
こうした取り組みと同時に必要なのが、我が国社会において散在している「部分社会」に暮らす人々、とりわけその中でも若い世代に対し、「思考の檻(おり)」から飛び出すよう促し、自らの人生を歩み始める勇気を持つよう、全力で支援することである。確かにかつて「平成バブル」の時代があった。だが、「平成バブル」によってもなお、その果実にありつけなかった人々はそう自らを在らしめた制約条件に苦しみながら、今度は自分たちの子供の世代にそこでの規範、ルール、そして「思考の檻」を強制し続けたのである。

それと同時に、自分たちがようやく得たわずかばかりの利益を守るべく、外部に対しては徹底的に暴力をもって対抗した。「社会道徳」「宗教」「民族」「歴史的差別」などなど、さまざまな制約条件の中でこうした人々は生き抜くため、「思考の檻」を次世代へとはめ続けた結果、本来であれば実現されたはずの「子供たちの夢」が失われ続けているのである。

安倍晋三遭難事件の結果、やり玉に挙げられている某宗教組織の問題はその氷山の一角に過ぎない。事は「宗教二世」の問題だけではないのである。人道上の問題として、そして「失われかけた未来」の問題としても、これらの子供たちは徹底して「思考の檻」から解き放たれなければならないのだ。そしてそれが新しい起爆剤となって、我が国会は再び浮上していくのである。

「基盤技術開発の誘導」と「部分社会を生きる次世代を“思考の檻”から解き放つこと」。この二つこそが閉塞感が蔓延する我が国を再び立ち直らさせるためのグランドストラテジー(大戦略)の2大柱である。そう、私は確信している。

全てが解き放たれ、構造転換を遂げていく今だからこそ、これまで語り得なかったこの二つの課題にこそ、私たち日本人の全員が取り組むべきなのだ。そうすることによってのみ、未来への扉は開かれる。

原田武夫 はらだ・たけお 
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

ラグジュアリーとは何か?

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