今こそ我々日本人は野良犬に戻るべきだ

時代を読む-第37回 原田武夫

時代を読む-第37回 原田武夫

時代を読む――原田武夫 第37回 今こそ我々日本人は野良犬に戻るべきだ

早いもので私が「企業審神者」のお役目を務めるようになってから7年余の月日が経った。「審神者」と書いて“さにわ”と読む。相対する人の精神に何が宿っているのかを的確に見抜き、それを受けて在るべき方向へと進むのをお手伝いするのがその役割だ。私は企業クライアント、とりわけ企業経営者ご本人を対象にこの審神者を務めている。

そのような立場から拝見すると、実にたくさんの気付きがある。名目金利を「マイナス金利」によって中央銀行が引き下げる。その一方で、今年の2月11日からマーケットにおいて実は、期待インフレ率が上昇に転じている。金、原油、銅とここから順次、その価格が高騰し始め、やがてはインフレの本格展開になる。すると名目金利からインフレ率を差し引いた「実質金利」がマイナス化し始める。「カネを借りていないのは損だ」と叫ばれるようになり、資産バブルが史上空前の規模でスパークする。

ところがそうした中で、太陽活動の激変に端を発する北半球における寒冷化の進展は、人体の免疫力を著しく下げ、グローバル経済全体を不活性化・縮小化させていく。「インフレと資産バブルは急ピッチで進むが、モノはなぜか売れない」

そうした中、たいていの企業現場では「経営者が笛吹けど踊らず」という状況が繰り広げられているのが現実なのだ。件(くだん)の悲劇的な展開の可能性を日増しに感じ取る経営者氏は、次々に「打ち手」を社内に示す。だが悲しいかな、経営者氏の指示は現場まで全くといっていいほど届かない。創業経営者の場合、そのセンスがあまりにも卓越し過ぎているため、そもそもフォロワーである社員諸兄は、その指示についていくのがやっとというのが現実だ。そのため、「まだ現実になってはいない悲劇的な展開の可能性」を前提にした打ち手のアイデアなどを示されても、彼らは全くもって対応できないのである。

仮にここで経営者氏が事業承継者であった場合、状況はもっとひどいものとなる。先代の創業経営者ほどのカリスマを持ち合わせていない事業承継者は、社員が本当のところ何を考えているのかを全く理解できていない。表面的にはもっともらしいことを言うけれども、社員たちの魂を揺さぶることができないのだ。そのため、売り上げは現下の局面から着実に下がり始める。現に私はそうした企業現場をいくつも見てきた。

ちなみに大企業はというと状況は「悲惨」の一言に尽きる。そもそもすでに始まっている悲劇への序曲を、聴きとることのできる能力をもった経営者・幹部社員・社員がいる我が国大企業はほぼ皆無といっていい。それどころか「明日は今日と同じ、明後日は明日と同じ」と信じ込み、相も変わらぬ社内ゲームを繰り広げている。そしてその中で忍耐力と偶然だけを頼りに、経営リーダーを選んでいるのだ。全くもって話が通じないのは当然のことだ。

我が国の企業現場におけるそうした実態を「企業審神者」として見続ける中、私は強く思うのである。「今こそ、私たち日本人は全員、“ 野良犬”に戻るべきだ」と。野良犬は、飼い犬とは違ってエサを自分で探さなければ飢えて死ぬ。そのため常にチャンスをうかがっており、その片鱗(へんりん)が見えるや否や飛びつき、食いあさるのである。戦後の廃虚の中で我が国の経済が立ち直る時、その中で成功を収めたのは、まさにそうした「野良犬」経営者たちであり、それを支える「野良犬」社員たちだったのである。

「俺は社長だから“打ち手”のアイデアは出すが現場でそのための営業などしない」「社長が何を言っても聞き流せばいい」「ウチは大企業だから大丈夫だ」などという者は皆無であった。

悲劇への序曲が始まった今年=2016年は、我が国のビジネスパーソン全員にとって「野良犬回帰元年」だ。そのことに気付いた者だけに、未来の光は差し始めている。

原田武夫(はらだ・たけお)
元外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
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