今回このコラムはオーストリアの都・ウィーンに向かう空の上で書いている。実に20年ぶりの訪問だ。かつてベルリンで学ぶ外交官補(外交官の「見習い」)であった時代に物見遊山のために行ったことがある。あれから随分と月日が経った。
もっとも「当時」と「今」の何が違うのかと尋ねられると、はたと考え込んでしまう自分がいる。少なくとも先進国に限って言うならば、何も本質は変わっていないというのが現実なのではないだろうか。
こう言うと「何を言うか! インターネットの登場によって劇的に経済、社会、そして政治は変わったではないか」といきり立つ読者の皆さんが必ずやいると思う。1995年当時、私は所属していたベルリン自由大学の「データ・センター」なるところで初めてメールアドレスをもらい、試しに朝日新聞のWEB版を開いてみたことがある。すると何と、フロントページを開くだけで3時間(!)もかかったのである。ブラウザーは今はなき「ネットスケープ」だった。インターネットはかくも、「使うに値しない代物」だったのである。
今回のフライトに乗り込む前、こんなニュースを偶然見つけた。「米系ネット企業最大手のアマゾンがリアル書店を開店する」―我が国を含む世界中がインターネットへの接続という意味での「デジタル化」を進める中、何を隠そう、米国勢の、しかもインターネットの世界の最前線は、むしろそれとは真逆の「アナログ」そのものの、リアルな世界へと回帰しつつあるのである。
「世界がネット化=デジタル化によって完全に変わりきった」というのであれば、こんなことはもはやあり得ないはずだ。しかも、米系上場企業において求められる経営の厳密さからいって、経営者の気まぐれでこんな経営決定がなされるわけがないのである。したがって「デジタル化ではなくアナログ化」という、今この瞬間から実は始まりつつある、最新のメガトレンドが生じる理由は一体どこにあるのかということになってくる。
その理由は実は極めて単純なところにある、と私は考えている。実はこれから生じるのは激しい気候変動であり、とりわけその直撃を受ける北半球を中心に世界中で「陣取り合戦」が新たに始まるのだ。いや、実のところすでにそのトレンドは始まっているのであって、現に中東における事実上の国境の再編、あるいは中国の領土的野心を見ているとそのことは誰の目にも明らかなのである。簡単に言えば全人類が「空間の整理」を余儀なくされる。
これに対してデジタル化とは、要するに2進法に全てを換算するわけであるから「時間の整理」なのである。だがこれが有効なのはあくまでも他の諸条件、とりわけ地球上の「空間」が等質であり、どこまで行っても基本的にフロンティアが広がっている場合に限られている。デジタル化し、高速化しても、非均質的な空間では広がらず、意味がないのだ。以上のことは実のところ米インテリジェンス機関と我が国の古神道系人脈の双方がそう私に教えてくれている。
これで賢明なる読者にはお分かりだろう。これからのメガトレンドはデジタル化ではなく、終わったはずのアナログ化なのだ。その意味で取り戻すべきは、あの20年前の記憶、なのかもしれない。
だが、時代は変わった。今は亡き父が30年ほど前に「これからは一人ひとりが電子的なアドレスを持つことになるらしいぞ」と教えてくれたのが嘘うそのようだ。ブロードバンド、ソーシャルメディア、スマートフォン、そして「モノのインターネット化(IoT)」。人間世界のほぼ全てがインターネットに接続され、生活空間は変わった、かのように確かに見える。しかも極め付きは「人工知能(AI)」ブームなのである。「ロボットは人間を超えることができるのか」と再び真顔で人々は議論し始めている。世の中は20年前とは比べものにならないほど変わったように見える。
原田武夫(はらだ・たけお)
元外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
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