世界秩序を覆し続ける中国の次の一手

時代を読む-第29回 原田武夫

時代を読む-第29回 原田武夫

時代を読む――原田武夫 第29回 世界秩序を覆し続ける中国の次の一手

去る、6月11日、マレーシアの首都クアラルンプールで開催された「ボアオ・フォーラム特別会合」に出席してきた。ボアオ・フォーラムは中国版「ダボス会議」として知られる国際フォーラムだ。普段は中国有数のリゾートである海南島で開催されている。

そのボアオ・フォーラムがここに来て特別会合を国外で開くようになっているのだ。昨年はシアトルで開催したが、今年はクアラルンプールでの開催となった。

何かと敷居の高いこのフォーラムだが、特別会合はそうでもない。そこで私は、昨年のシアトル会合から、これに顔を出している次第である。

今回の特別会合は「エネルギー、資源そして持続可能な発展」と銘打っていた。少し見ただけでは一般名辞の羅列であり、それこそ環境問題についてでも話すのかと思えてしまう。事実、私も現場にたどり着くまでそんな漠としたイメージを抱いていた。

しかし、である。会議の冒頭、このフォーラムの副理事長を務めている曽培炎・元中国国務院副総理が、こう切り出したのを聞いて、私はハッと息をのんでしまった。

「ここに来てエネルギーや資源価格が乱高下している。特にマレーシアとの関係では天然ガスの価格が下落してしまっているのが問題だ。これらのエネルギー及び資源の価格が米欧勢の手によってだけ決められてしまっているのは全くもっておかしい。アジア諸国は自らの手で、これらの価格の安定性を確保するためのパートナーシップをつくり上げるべき時が来ている」

なぜ私が驚いたのかといえば、言ってみればこれは物議を醸したアジアインフラ投資銀行(AIIB)の延長線上にある議論であることは明らかだからだ。AIIBの設立というプロジェクトによって、中国はかつて米国の威光を借りながら我が国がイニシアチブをとったアジア開発銀行(ADB)を蹴散らかし始めた。つまりカネの世界でアジア、そして世界に対する影響力を行使するための手段を得始めたのである。「 カネ」についての画策が現実化したならば、次に今度は「モノ」の世界に着手するのは当然の成り行きなのである。特に中国はエネルギー及び資源について世界最大の消費国であるのと同時に、その一部について世界最大の生産国でもある。例えば数年前、希少金属(レアアース)の輸出制限をいきなり課し始め、我が国の産業界が大混乱に陥ったことは記憶に新しい。その「モノ」の世界において今度は「中国のため」という名目を超え、「アジアのため」という大義名分の下、より巨大なプロジェクトに着手し始めたというわけなのだ。

中国勢がわざわざクアラルンプールという場所でこのボアオ・フォーラム特別会合を実施したのには、この大義名分を広くアジア全体に向けて喧伝するという意図があった。私はある種の戦慄すら覚えた。「カネ」と「モノ」の両方を握った中国にはもはや怖いものはない。我が国が重大なターゲットとなり、大変な目に遭うことも目に見えている。―そう思った私はこの会合から帰国後、早々に経済産業省に向かった。そしてそこで私からのブリーフィングを聴いた同省幹部の一人はこう語ったのである。

「AIIB程度であればたいしたことはないと正直思っていた。だが、ここでモノの世界にまで支配力を中国が及ぼすとなると話は別だ。確かにあり得ることである。我が国としても早急に備えなければダメだ」

そしてこの幹部は教えてくれたのである。民間銀行間の通信システム「SWIFT」についても中国がロシアと共にどうやら目をつけ始めたらしい。

これもまた米欧勢が牛耳る世界であるがゆえに、秩序を転覆させるべく、パラレルワールドをつくるというのである。 着実に世界秩序を覆し続ける中国。その戦略を先取りしなければ我が国に未来はない。

原田武夫(はらだ・たけお)
元外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
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ラグジュアリーとは何か?

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