以前、このコラムでこんなことを書いた。
「トランプ大統領を選んだ今のアメリカは、言ってみれば大男がうつ病にかかっているようなものだ。こちらが絶好調だというとすぐに殴りかかって来る。それでいてうつ病であり、ますます内向きになっていくのが厄介だ」
すると今度は「それではそんな“うつ病の大男”のようにますますなっていくトランプ大統領率いるアメリカと我が国はどう付き合えば良いのか」といった質問を読者の方々からいただいた。そこで今回はこの点について私の考え方を書いていきたいと思う。
実はこのコラムを書く直前に、東京の某国大使館でナンバー2を務める人物と意見交換する機会があった。美しい青空と都心随一のスカイスクレーパーたち、そして美しい皇居を一望する素敵な和食レストランで舌鼓を打ちながら、この人物はやおらこう言ってきたのだ。
「先日、東京にあるとある財団で米有力経済紙の編集長による講演会がありました。これからの日米関係についてだったのですが、トランプ米政権が今後、『やはり在日米軍を撤退させたい』と言ってきたならば、どうすれば良いかと聴衆が質問したのです。するとこの編集長氏はこう答えたのです。『非常に良い質問です。ニッポンもやはりプランBを考えておくべきなのです。アメリカは確かに同盟にとってシニアパートナーです。その代わりはニッポンの周辺に存在しません。発想を変えるべきです。ニッポン自身が東アジアや東南アジアの諸国にとってのシニアパートナーになることを考えるべきです』。正直、大変びっくりしました。ハラダさんどう思いますか?」
この話を聞いて私自身、びっくりしてしまった。そして先ほどの「うつ病の大男になるアメリカ」という話を思い出したのである。
うつ病になると、周囲がたまらなく素敵に見え、また憎たらしくもなる。そこであたりかまわず怒鳴りまわし、全ての関係を悪化させてしまう。それでも満足はできず、とりわけ大切な存在であった人との関係を断ち切ってしまったりもするのだ。無論、そこには相当程度の暴力が伴っている。
「在日米軍の撤退」について、先般行われた日米首脳会談においては、日米同盟のゆるぎなさを確認したとしているので、そうした主張をアメリカ側が直ちにしてくるとは考えにくい。だが、うつ病にも小康状態というのはあるものだ。
「トランプ・ショック」ならぬ「トランプ・フィーバー」で株価が上昇したのもつかの間、本稿を執筆している2017年3月の段階で米国株は世界中の株価を巻き込みながら「トランプへの失望」を理由に崩落している。財界人であるトランプ米大統領にとって、これほどまでに胃が痛い展開はないはずだ。そこであらためて「うつ病」という持病が、首をもたげてくるのである。
「こんなにこちら(=アメリカ)が困っているのだからもっと日本から投資をしてくれ」
実際、先の訪米において安倍晋三総理は、相当額をトランプ政権率いるアメリカにプレゼントするとした。まさに「うつ病の大男」におもねったというわけなのだ。後は次々に巻き上げられるだけである。
だがそんな時、「もう一つのアメリカ」からこんなささやき声が聞こえるのだ。「日本はプランBを追求すべき。トランプの言うことを聞くな」。この声を聞いて熱狂的なナショナリズムが我が国で沸き起こり、やがて大合唱となる。感情的になったならば、何をしでかすか分からない我が国こそが、今後、世界中から危険視されることになる。
本当は「トランプ的なるもの」は、アメリカそのものではないのかもしれない。今、日本が知るべきは「アメリカには二つの顔があるということ」なのだ。トランプと、それ以外でありかつアメリカの本質でもあるリーダーシップ。後者が巧みに仕掛けてくる亡国のプログラムを見破ることこそ、今、私たち日本人がすべきことなのではないだろうか。
原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。
※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています