君、「陰謀」を語ることなかれ

時代を読む 第56回 原田武夫

時代を読む 第56回 原田武夫

世間ではしばしば使われるが、私が意識的に使わないようにしている言葉がある。その一つが「陰謀論」という言葉だ。英語で「コンスピラシー・セオリー」という。この言葉には「世界のどこかで悪い奴らがいつも悪だくみをしていて、それによって悪事が繰り返し起きている」というニュアンスがある。

そしてたいていの場合、陰謀論を語る人々は自分たちのことは「正義の味方」だと信じ込んでいる。「悪いことをやっている奴らがいるのだから、その悪を正すのは当たり前のこと。彼らの悪だくみの仕組みや仕掛けを徹底して暴き、世間に明らかにすることでそうした悪事が二度と起こらないようにするのだ」と語るのが一般的だ。絶対に自分たちは「陰謀」など手掛けることはない、といわんばかりの迫力なのだ。

インターネットの世界を少し掘り下げてみると、まさにこの意味での「陰謀論」だらけである。「アメリカ」「ロスチャイルド」「フリーメーソン」といったところが、陰謀論で大家とでもいうべき存在であろうか。

そして無数の論者たちが「アメリカが世界の裏側でこんな悪事を働いている」「ロスチャイルド家が世界史上、さまざまな悪だくみをしてきた」「秘密結社フリーメーソンこそが世界の悪の構図そのものだ」と連日連夜のように語り続けているのである。

だが、ここで読者にぜひ振り返ってみてもらいたいのだ。読者はこれまでの人生の中で、本当に1回たりともこの世で「競争」をしたことがなかったのかと。富や名誉、そして地位は常に限られている。だからこそ常に「競争」が生じる。そして競争は「1か0か」である以上、最後の最後はあらゆる手段を使ってでも、勝利をもぎ取らなければならないものなのだ。しかし読者が勝利する時、敗者となったそれ以外の者はこう言うはずなのである。

「あいつは汚い奴だ。卑怯な手を使った。悪だくみをした」

あるいはリーダーシップをとっている時、こんな経験をしたことはないだろうか。グループのメンバーたち全員に等しく報いたいと思う。だが、報うための「資源」がどうしても限られているのだ。それにグループ全体のためにしてくれている働きが、メンバーごとに違うのに等しく同じだけその「資源」を報酬として分配するのには、どうしても不公平感がある。だから差をつけて、分配がなされるように仕組みをつくるのがリーダーの常なのだ。だが、その時、他のメンバーより少ない分け前しかもらわなかった者たちは、こう言うのである。

「あのリーダーはえこひいきだ。それを隠すためにあの手この手を使っている。悪だくみばかりをしている。結局は自分のためだけにリーダーシップをとっているに違いない」

私が「陰謀論」を決して語らないのは以上のように簡単な、しかし日常的な例を見ればすぐに分かる通り、そこにはある物事をめぐる因果関係について冷静かつ客観的に語ろうとするのではなく、むしろ主観的、とりわけ極端にネガティブな感情がこの「陰謀論」あるいは「陰謀」という言葉にはこもっているからなのだ。そしてある出来事について「陰謀」と語る時、そこにある因果関係、あるいは「縁の連鎖」は完全に見えなくなってしまうのである。

今、世界は全く新しい秩序に向けて、音を立てて動き始めている。「冷戦構造」が終わった時、誰しもが「これで世界史は終わった」と思ったものだ。国内外で新しい構造や仕組みができ、皆でそれに飛びついた。だが実際には、それらは全てフェイクだったのであり、順番に崩れ、壊れ始めている。

世界史は私たち一人ひとりを求めている。こんなに楽しい時代に生きていることに、心から感謝をしながら、自らの意思で前に進もうではないか。「陰謀」などというレッテルを貼らずに。そうすることによってのみ、光り輝く未来が見えてくる。そう読者は強く思わないだろうか。

原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています

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