バブルの宴の後だからこそ詐欺にご用心

時代を読む-第77回 原田武夫

時代を読む-第77回 原田武夫

400万円

最近、こんな話を聞いた。―知人に2000万円ほど貸したのであるが、期日になっても返してこない。それなりに親しい知人であったので「早く返して欲しい」と要求したが、先方は「今用立てているから、待って欲しい」の一点張りだ。そしてかれこれ1年近くが経過している。

無論、この人物は顧問弁護士に相談した。しかし弁護士からの答えを聞いて愕然とした。要するに「貸した金が返ってこないこと」を理解したからだ。まず、親しい知人ではあったがよくよく考えると住所を知らなかった。しかも「急ぎだ」というから現金で手渡してしまった。だから先方の銀行口座の情報を一切知らない。「居所も口座番号も知らなければ、およそ返済はされないでしょうね」と、普段は優しい弁護士からキッとした眼差しで、言われてしまったのだという。

今、こんな話が我が国の、とりわけ中小企業の中で続々と聞こえるようになっている。もっともこれだけ聞くと、単なる詐欺話であるように思えるかもしれない。

しかし、実際にはこれらの詐欺案件には、いずれも共通点があるのである。

それは(恐らくはこのコラムを読んでいる読者の皆さんと同じように)被害者はそれなりの富裕層であり、しかも「世の中はこうであってはならない」と義憤に駆られている人物であるという点だ。

しかし、我が国では大企業は大企業、中小企業は中小企業と、成長のすみわけが半ば強制されている。「お上」がそのように決めているのである。そして、中小企業は「お上」の意向に沿って飼いならされることを余儀なくされるか、あるいは独立独歩で事業運営をし、しかし同時に圧倒的な成長を実現できないままで推移するのが関の山なのだ。私は、しばしば地方の講演会に呼ばれるが、そこでご招待くださる地元商工団体の構成員は、決まってこうした方々である。志が高いからこそ、大企業の「社畜」であることを良しとせず、自らたった一人での「起業」という航海に乗り出した方々ばかりなのである。

詐欺師集団は、読者の皆さんが想像する以上の頭脳プレーヤーであり、同時に組織力を持っている。たいていの場合はこうだ。

―ある社会的な課題について、「唯一の解決法」があるとこうした志ある経営者の元に話を持ち込む。持ち込むのは決まって、そこそこの信頼があり、しかも半分、これが詐欺だと知りつつも、最初にカネを突っ込んだので抜けられなくなった類の者たちだ。彼らのいわば「顔を立てる」形でこうした案件は持ち込まれる。

普段から義憤に駆られているからこそ、こうした経営者の方々は精勤の鑑でもある。時にかなりの収益を享受されているので、「500万円、1000万円、2000万円」程度であれば貸し付けてもよいだろう、とついつい義侠心を起こしてしまう。

しかも詐欺師は実に話がうまいのである。無論、経営者の側も馬鹿ではないので、周囲の訳知り顔の者たちに「裏を取ろう」と努力する。ところがこれらの中にはいわゆる「全日本ブローカー連盟(略称・全ブ連)」の構成員がおり、月に1回、微に入り細に入り、口裏を完全に合わせているのである。その結果、経営者氏が照会すると「あぁ、あの話ね。それは聞いている……」と後押しするのだ。

人間悲しいかな、3人くらいから同じように後押しされると「真実」だと信じてしまう。

するとその時、だ。件の詐欺師が「緊急案件」と称し、やって来るのである。「例の件、今ならば動くことになった。絶対に大丈夫であり、また収益はすぐに生じるので、迷惑はかけない。今すぐ2000万円ほど現金でくれないか。半日以内に手当てしないと永遠にそのタイミングが失われてしまう」とのたまう。その後、何が起きるのかは……ご存じの通りだ。

詐欺師はバブルの直後だからこそ横行する。読者の皆さんも笑いごとではない。明日は我が身、と考え、引き締められた方だけが救われるのだ。

原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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